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“60'sえれじい”

2010年02月21日(日)

 皆様、今晩は。
 この駄文コラムを最後に書かせていただいたのが去年の6月のことで、それから、あっと言う間に8カ月が過ぎてしまいました。
 昨年の7月には、サイト本編で「60年代通信スペシャル」として「懐かしの長岡厚生会館物語」というページも作らせていただいたりはしたのですが、その後は半年以上にわたって本編ページのデータ更新もできないまま年を越えてしまったこともあり、僕の幼馴染や友人・知人の中には、この駄文コラムだけで僕の生存を確認している皆さんも少なくないため、今年の正月に貰った年賀状の中には「おーい、生きているか?」と書かれたものも何枚かあったりしておりました。
 先月末には、GS関連ページの新企画「メディアが映したGS」も立ち上げさせていただき、今年は何とか月に1度はデータ更新をさせていただこうと思っておりますが、同時に、この駄文コラムも生存証明代わりに、2週間に一度くらいは書かせていただこうと思いつつ、2月も後半に入ってしまい、結局、去年の6月以来8カ月ぶりの更新となりました。
 この間、平成の世も22年目に入っているわけですから、当然と言えば当然なのでしょうけれども、「昭和」という時代がどんどん遠ざかっていくことを思い知らされるばかりでありました。
 昨年の秋に加藤和彦さんが急逝され、個人的には、10年前に井上忠夫さんが亡くなられた時と同じくらいの衝撃を受けておりましたが、今月に入ってから、玉置宏さんと藤田まことさんの訃報に接し、僕にとっては「昭和」の記憶と分かち難く結びついている皆さんの相次ぐ鬼籍入りに、改めて「昭和」という時代が加速度的に歴史の彼方へ過ぎ去りつつあることを痛感しているような次第です。
 玉置宏さんの訃報を伝える新聞記事などでは、「一週間のご無沙汰でした」という言葉と共に僕らの世代の記憶には強烈にインプットされている「ロッテ歌のアルバム」の名司会者として紹介されておりましたけれども、この番組が玉置さんを代表する番組であることは間違いありませんが、僕にとっては「象印スターものまね大合戦」や「平凡アワー」なども懐かしく思い出される番組であります。
 「平凡アワー」と言えば、今から2年ほど前になりますけれども、2006年12月13日に有楽町の東京国際フォーラムで“「平凡アワー」スペシャル〜輝け!青春の歌謡コンサート2006ファイナル”というステージを見せていただき、ほぼ40年ぶりくらいに生で玉置宏さんの名調子を聞かせていただきました。
 その時にも、ライブのオープニングの冒頭で、玉置さんが放たれた第一声は、「一週間のご無沙汰でした。司会の玉置でございます」でありましたから、玉置さん御自身も、「ロッテ歌のアルバム」という番組が終わった後も、この「一週間のご無沙汰でした」というフレーズを御自分の名刺代わりに使われていたのではないかと邪推させていただくわけであります。
 中学時代からテレビやラジオの歌番組を録音していた僕のカセットテープライブラリーの中には、ブルーコメッツが「ロッテ歌のアルバム」や「象印スターものまね大合戦」に出演した時の音源も残っておりまして、今時のタレント司会者のように決して出演者をいじくり回したりすることなく、ゴシップまみれになっている歌手が登場した時でも、律儀なまでに出演者を立て、気持ちよくステージに立ってもらおうという正統派司会者としての職人芸ともいうべき技の見事さには、今更ながら感心させられざるをえません。
 昭和30年代や40年代の初めころまでは、今でいうライブ、いわゆる歌手の皆さんのステージなどでは専属の司会の方などがMCを担当されていたのではないかと思うわけでありますけれども、恐らく、昭和40年代の半ばくらいからでしょうか、歌手自身がMCも担当するようになって、歌謡曲のステージの司会という文化も失われていったというようなことだったのでありましょうか。
 でも、僕が東京に出てきたばかりの頃ですから、昭和50年前後のことになりますが、正月に浅草の国際劇場に森進一ショーを見に行った時に、宮尾すすむさんが司会をされていたのを記憶しておりますし、以前、綾小路公麿さんが森進一さんのステージで司会をされていたということも聞いたことがありますので、あるいは、昭和50年代以降も、いわゆる歌謡ショーでの司会は残っていたのかもしれませんが…。
 僕が育った新潟県長岡市では、昭和30年代当時、テレビの民放は新潟放送(BSN)しかなく、日本テレビやTBS、フジテレビ、NET(現在のテレビ朝日)といった複数の在京キー局の番組を1つのチャンネルで放送していたため、複数局が存在していた東京や大阪、名古屋、福岡などとは番組の放映時間が全然違ったりしているのですが、「ロッテ歌のアルバム」は「スチャラカ社員」に続いて、日曜日の午後1時くらいから始まっていたように記憶しておりまして、この「ロッテ歌のアルバム」や「スチャラカ社員」が日曜日のお昼の代表的な番組で、日曜日の夜なら「隠密剣士」や「ポパイ」「サンセット77」、そして、日曜日の朝と言えば「てなもんや三度笠」でありました。
 藤田まことさんは、最近では、必殺シリーズに代表されるような渋目の役を演じられることが多かったようでありますけれども、僕らの世代にとっては、あの「当たり前田のクラッカー」という番組冒頭の生CMとともに「てなもんや三度笠」が強烈な印象として残っておりますし、個人的には、植木等さんや青島幸夫さん(だったかな?)などと交互に主役を務める単発シリーズドラマ「俺の番だ」や岡八郎さんなども出演されていた「ゴロンボ波止場」などという番組が思い出されます。
 2、3年前には、NHKのバラエティ番組「きよしとこの夜」に出演され、親しくしていたという水原弘さんの「愛の渚」を熱唱され、その歌の巧さに改めて感心させられたものでありました。
 新聞記事などによりますと、近親者だけで行われた藤田まことさんの葬儀には古い付き合いの関係者も参列されたそうですが、「まこちゃん、起きてくれよ」と呼びかけたという大村崑さんの言葉は痛切で、身につまされる思いであります。
 これからも変わることなく昭和30〜40年代の思い出に彩りを添えてくれ続けるであろう玉置宏さんと藤田まことさんの御冥福を祈らせていただきつつ、久しぶりの駄文コラムをお開きとさせていただきます。
 それでは、皆様、引き続きまして、よろしくお願いいたします。
主宰者敬白


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 この「60年代通信」は1997年4月に立ち上げたサイトで、2年半後には、掲示板も開設させていただきました、今日に至るまで、読者の皆様から多くのメールや書き込みを頂戴してきています。不埒で無節操な主宰者が、約10年もの長きにわたり、何とかサイトを継続できたのも、そうした皆様からのメールや書き込みに支えられてきたからでした。
 また、そうしたメールや書き込みは、同時に、60年代リアルタイマーの皆さんによる時代の記録ともいうべき貴重な証言でもあると考えさせていただいております。その貴重な証言の数々が時の彼方に消え去っていくのは、あまりにも惜しく、「読者の皆様からの励ましのお便りコーナー」というメニューを作らせていただき、皆様にもメールをお読みいただけるようにしました。掲示板についても、バックナンバーのページを作らせていただいております。
 皆様の貴重な証言集である「お便りコーナー」と「掲示板バックナンバーのページ」へのリンクは、現在も、トップページの題字横とこの下のメニューにも設定はしてありますが、あまり目立つ形ではないため、せっかく、この「60年代通信」のトップページを訪れていただいても、お気づきにならない方も少なくないようでありますので、今回、あえて「60年代通信アーカイブ」と銘打たせていただき、改めて、そのリンクを紹介させていただく次第です。
 「掲示板バックナンバーのページ」は作成が大幅に停滞しておりますけれども、何とか、少しずつでも、ページを作らせていただこうと思っていますので、皆様、よろしくお願いいたします。
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デビュー25周年記念特別企画
70年代アイドル“不死鳥”伝説
 今年1998年は、1973年5月に山口百恵が衝撃のデビューを果たしてから、ちょうど四半世紀。ギョーカイ的な表現で言いますと、デビュー25周年の記念すべき年ということになります。そこで、今年は、70年代アイドルを年間テーマに据え、大学時代、歌謡曲研究会に籍を置き、リアル・タイムで70年代アイドルに深く食い込んできた私が、山口百恵を軸にしつつ、その日本歌謡史および芸能史における意義などを考察してみたいと思います。

これまでの特集企画・特別企画
石ノ森章太郎追悼特別企画/作品ギャラリー・その1(1950年代〜60年代半ば)
1998年新春特別企画「レコードジャケットに見る60年代の女性アイドル」
舟木一夫主演映画「青春の鐘」に見る60年代の長岡の町並み
緊急掲載!!上野の森美術館「赤塚不二夫展」取材レポート
レコード大賞受賞30周年記念特別企画/ジャッキー吉川とブルーコメッツのすべて

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データ更新日・更新内容のリスト(2000年7月〜)

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1998年12月以前分はこちら



2011.02.27 「早稲田が育み神宮の杜も愛した斎藤佑樹」第2回「最後は気持ちだ」
2011.02.19 「早稲田が育み神宮の杜も愛した斎藤佑樹」第1回「早稲田で生まれ、早稲田で育ち…」
2010.02.21 “60'sえれじい”(2010年02月21日)
2010.01.31 「メディアが映したGS」第1回・明星臨時増刊号『グループサウンズがやってきた』(1968年4月)その01
2009.07.12 「60年代通信スペシャル/懐かしの長岡厚生会館物語・その1」

2009.06.14 “60'sえれじい”(2009年06月14日)
2009.02.22 “60'sえれじい”(2009年02月22日)
2009.01.02 “60'sえれじい”(2009年01月02日)
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2007.05.02 「60年代通信」勝手にお知らせコーナー/ボンネットバス「夕やけ小やけ」号最終運行のお知らせ
2007.04.30 “60'sえれじい”(2007年04月30日)

2007.02.04 「60年代通信」スペシャルレポート・“「平凡アワー」スペシャル〜輝け!青春の歌謡コンサート2006ファイナル”その2
2007.01.08 「60年代通信」スペシャルレポート・“「平凡アワー」スペシャル〜輝け!青春の歌謡コンサート2006ファイナル”その1
2007.01.06 “60'sえれじい”(2007年01月06日)
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2006.09.03 “60'sえれじい”(2006年09月03日)
2006.07.24 “60'sえれじい”(2006年07月24日)

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2006.06.06 “60'sえれじい”(2006年06月06日)
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2006.05.02 「60年代通信」掲示板バックナンバーの1999年12月26日〜31日分
2006.04.30 “60'sえれじい”(2006年04月30日)
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2005.10.30 「60年代のカレンダー」「60年代の日本シリーズ・その1」
2005.10.28 “60'sえれじい”(2005年10月28日)
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2005.09.11 
「60年代通信」スペシャル/長岡まつり大花火大会2005
2005.07.31 「60年代の歌謡曲」スペシャル/「八重洲地下街にGSお宝グッズが大集合/40周年の記念イベント『ミュージックシーン40 1965-2005』」
2005.07.11 「60年代の町並み」スペシャル/「〜昭和30年代へタイムスリップ〜 喜多方レトロ横丁」勝手にお知らせ
2005.07.09 “60'sえれじい”(2005年07月09日分)

2005.06.19 “60'sえれじい”(2005年06月19日分)
2005.04.02 「60年代通信」掲示板バックナンバーの1999年12月21日〜25日分
2005.03.26 「60年代の暮らし」INDEXページ

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2005.02.14 “60'sえれじい”(2005年02月14日分)
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2004.03.14 「60年代通信」スペシャル/アルビレックス新潟の歴史的1日
2004.02.29 “60'sえれじい”(2004年02月29日分)
2004.02.28 [お知らせとお願い]

2004.01.24 “60'sえれじい”(2004年01月24日分)
2004.01.03 “60'sえれじい”(2004年01月03日分)
2003.08.31 「60年代のカレンダー」TBS『ヤング720』出演者リストNo.06 1967(昭和42)年9月&10月
2003.04.07 “60'sえれじい”(2003年04月07日分)
2003.04.06 “60'sえれじい”(2003年04月06日分)
2003.02.23 「60年代通信」スペシャル」:追悼!!吉村道明
2003.02.23 「テツオの部屋」第9回:脱線、脱線、そして長岡
2003.01.19 2003年新春スペシャルby初恋天使さん「年末年始にみる60年代子供向け雑誌の研究[梅の巻]
2003.01.13 2003年新春スペシャルby初恋天使さん「年末年始にみる60年代子供向け雑誌の研究[竹の巻]
2003.01.03 2003年新春スペシャルby初恋天使さん「年末・年始にみる60年代子供向け雑誌の研究[松の巻]」
2003.01.01 “60'sえれじい”(2003年1月1日分)


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