2011年12月24日 日本フリーメソジスト東住吉キリスト教会 キャンドルサービス説教概要
聖書: ルカによる福音書 第2章 8〜20節
題: 「クリスマスと今の私たち」

T.はじめに

 日本で、クリスマスはいつ頃から祝われるようになり、今のように広まったのでしょうか。『朝日小学生新聞』(2000年12月16日号)によると、ザビエルがキリスト教を日本に伝えた3年後、1552年に今の山口県でポルトガル人の宣教師たちが多くの人々に一晩中、神様の話を聞かせたというのが、日本で最初のクリスマスの集まりだそうです。その時、日本人のキリスト教信者は、クリスマスの意味を知ってとても喜び、泊りがけで集まったということです。その後、江戸時代にキリスト教は信じることを禁止され、明治時代に条件つきの宗教の自由が認められてからは、外国文化を受け入れて国際化を進める政策のもとで、宗教色の薄いクリスマスの行事が日本の全国に広まっていったとのことです。
 「クリスマス」とは「キリストの祭(礼拝)」という意味で、その最も古い記録のひとつを、私たちは先ほど共に聴きました。今から2011年前のクリスマスの出来事と、今の私たちとは、どんなつながりがあるのでしょうか?今日のクリスマス・イブの礼拝の中のこの「メッセージ」の時間は、『聖書』の私たちへのメッセージ(伝言)を共に聴く時です。

U.みことば

1.告げられたメッセージ(ルカによる福音書 第2章8〜14節)

 キリストの誕生というメッセージを最初に聞いたのは、西アジアの、今で言えばイスラエルの国のベツレヘムという町の郊外で野宿していた羊飼いたちでした(ルカ2:8)。当時、羊が野原で放牧されたのは3月〜11月ですから、真冬ではありません。クリスマスが12月25日とされたのはキリスト誕生の400年以上あとで、その日付はローマの冬至の祭とゲルマン民族の祭との関連があり、クリスマスツリーは1月6日まで飾るのが習慣です。
 西暦はキリストの誕生から数えられていますから、今から2011年前(数年の誤差があると言われます)のある夜、告げられたメッセージ(伝言、情報)は何だったでしょうか?
 第1に、このメッセージが向けられた人々の範囲とは、「すべての民に与えられる大きな喜び」(ルカ2:10)と言われているように、ベツレヘムの町だけでなく全世界の人々、2011年前の人々だけでなく、すべての時代の人々です。しかも、「大きな喜び」という情報です。
 第2に、このメッセージの内容とは何でしょうか?それは、「キリストが生まれた」という知らせです(2:11)。それが、どうしてすべての人にとって「大きな喜び」なのでしょうか。それは、私たち人間が、本来の人間として生きるために、どうしても必要なお方だからです。創造者を否定するゆえの滅びから私たちが助かるために、どうしても必要なお方だから、そのためのキリスト(救い主)の誕生はすべての人の喜びなのです。

2.メッセージを聞いたあとで(ルカによる福音書 第2章15〜20節)

 羊飼いたちは、キリストが生まれたという、このメッセージを聞いたあとで、どうしたでしょうか?天の軍勢と天使たちとの神様への讃美のコーラスを聞いたあと、どうしたでしょうか?彼らにはいくつかの選択肢があったはずです。一つは、「私たちが今見たのは夢だ」と、今聞いた伝言を信じないで、羊の番をする仕事に戻ることです。もう一つは、「今すぐ行けとは言われなかったし、夜が明けてから確かめに行こう」と先に延ばすこともできました。しかし、羊飼いたちはもう一つの選択肢、「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」(2:15)と、先ほど私たちが「急ぎ行きて拝まずや」と歌ったように、すぐにその出来事を見に出かけたのでした。
 当時は街灯もなく、夜は真っ暗で、クリスマスツリーの光や十字架などの目印ももちろんなく、探すのは大変だったと思います。キリストを示す目印、マークは、先ほどメッセージで聞いた「飼い葉おけの中に寝かしてある」(2:12)という布にくるまれた新生児だけです。そこだけ特別に光っていたわけではありません。彼らは「飼い葉おけ」(石で作られた家畜の餌入れ)がありそうな、牛や羊を飼っている小屋などを探してみたことでしょう。すぐには見つからなかったかもしれませんが、ついに彼らは探しあてました(2:16)。そこは、家畜の避難用の洞窟だったとも言われています。その中で、布にくるまれて、石でできた家畜の餌入れに寝かされた赤ちゃん。いくら昔でも普通は生まれた直後の赤ちゃんは、そんな場所にはいません。だからこそ、これがキリストを示す目印になったのです。
 羊飼いたちは赤ちゃんの救い主に会ってどうしたでしょうか?「彼らに会った上で、この子について自分たちに告げ知らされた事を、人々に伝えた」(2:17)のでした。自分たちがさっき聞いたメッセージを伝えたのでした。「すべての民に与えられる大きな喜び」の情報ですから、人々に伝えたのでした。そして、「羊飼いたちは、見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりだったので、神をあがめ、またさんびしながら帰って行った」(2:20)のです。放牧されている羊のもとへ帰った羊飼いたちは、「さっき聞いたメッセージは本当だった。私たちはキリストに会えたのだ」と、自分は神様が心にかけていてくださる存在なのだと喜びを感じ、生活の仕方や態度が変わっていったのではないでしょうか。

V.むすび

 東日本大震災や台風12号の被害のゆえに避難所で過ごした方や、今も仮設住宅で暮らす方々のことを思うとき、心が痛みます。そして、私にとっては、キリストが生まれた時の様子が、今の様々な困難の中にいる私たちの状況と重なって見えてくるのです。大雨や災害の時に家畜が避難する洞窟で生まれ、硬く冷たい石の餌入れに寝かされたキリスト。このお方は、避難所や仮設住宅にも共にいてくださり、孤独や不安や、それぞれのつらい経験の中にある私たちの生活にも共におられます。私たち人間が、本来の人間のあり方に回復されて、動物や植物や自然環境と調和を保ち、この地球を適切に管理して生きていくために、どうしても必要な救い主が生まれたのがクリスマスです。創造者・絶対者を否定するがゆえの滅びから私たちが助かるために、どうしても必要な救い主(キリスト)が生まれてくださったのがクリスマスです。2011年前に羊飼いたちが聞いた「すべての民に与えられる大きな喜び」の知らせは、今の私たちのためにも響き続けています。このクリスマスの出来事の意味を自分自身で確かめてみてはどうでしょうか。   (記:牧師 小暮智久)