シャープやフラットの少ない長調の曲:ハ長調やヘ長調
バッハ (平均律)クラビィーア曲集より第1番プレリュード
ショパン 練習曲Op10,No1
練習曲Op10.No8
ノクターンOp15.No1
バラードOp38
リスト 超絶技巧練習曲No1
ドビュッシー ベルガマスク組曲より「プレリュード」
前奏曲第1集より「沈める寺」
シャープやフラットの多い長調の曲:変イ長調 変ニ長調 変ト長調
ショパ ン 練習曲Op25.No1
練習曲Op.25.No9
前奏曲「雨だれ」
ノクターンOp.15.No2
ノクターンOp27.No2
リスト 愛の夢 第3番
コンソレーション第3番
ため息
ドビュッシー ベルガマスク組曲より「月の光」
前奏曲第1集より「亜麻色の髪の乙女」
シャープやフラットの多い短調の曲:ハ短調 ヘ短調 変ロ短調 変ホ短調
ベートーベン ソナタ「悲愴」
ソナタ「熱情」
ショパン 練習曲「革命」
ノクターンOp48.No1
スケルツオOp.31
ソナタ第2番「葬送」
このように見てみると、調性が似た調には、同じような感じの曲が集まっていることに気がつかないでしょうか。つまり、調号の少ない長調の曲には、比較的落ち着いた和声的な曲が多く、調号の多い長調の曲には、メリハリのある旋律的な曲が多いのです。また、調号が増えるにしたがい、短調の曲は暗くなります。
では、なぜこのようになるのでしようか。それは、古典調律で調律すると、調号の少ない長調の曲の音程は比較的低く、調号の多い長調の曲の音程は高めになるからです。(短調はその逆) 音程が低くなることで3度音程が純正に近ずき和音がきれいに響くようになり、音程が高くなることで旋律がうき出るように響くのです。また、短調の場合は調号が増えるにしたがい音程が低くなるので暗い表情になるのです。(この事は和音がきれいに響く音程と、旋律がきれいに響く音程は、微妙ですが全く違う事を意味します。平均律で調律した場合は、その字のごとくきわめて平均的な音程なので、和音も旋律もそこそこきれいに平均的に響きます。)また、古典調律で調律したホ長調や変ホ長調などは中間的な音程になり、音の高さは平均律ににているのですが、古典調律の方が純正な音程を多く含むので、ずっときれいな響きになります。(オクターブ12音における平均律は一種類しかないのに対し、古典調律は、その組み合わせ次第で無限にあるといっても良いでしょう。しかし、ここでは、あえて古典調律の中でも最も合理的に考案され、また多くの作曲家が採用したと思われる、後述するヴェルクマイスター調律法を中心に話を進めさせていただきたいと思います。)本来、他の楽器や人の声は微妙に音程を変える事が出来るので、その場に応じて和声的、旋律的な音程をつくる事が出来るのですが、ピアノのような鍵盤楽器の場合は、1度調律で音律を決めてしまうと、演奏者が演奏中に音程を変える事が出来ないため、調律法が重要な意味を持ってくるのです。(もっとも弦楽器は開放弦という制約が、金管楽器はピストンという制約が、木管楽器は穴の位置という制約がありますが、この制約を考えて調を決定することは、これらの楽器でも行われていると思います。そう考えると音程に関して本当に自由なのは、人の声とトロンボーンかもしれません。)
その他にも、調を決定する上で基準になるものとして、音の高さや、運指の方法、イメージなどもあるでしょう。つまり、ハ長調よりト長調の方が音が高くなるので明るい感じになる、また黒鍵を使った方が指を動かしやすい、黒鍵を使った方がシャープなイメージになる(ただし、これはなんの理論的な根拠もありません)などです。しかし、これらだけでは、24の調性すべてを決定する要素としてはあまりにも大味すぎます。ここに古典調律の微妙な響きの違いを考慮することで、より立体的に24の調性感をイメージする事が出来るようになるのです。
実際、ピアノを古典調律にして演奏してみると、改めてその曲のもつよさを再発見したりします。そして何よりも驚くのはピアノの音色が変わる事です。よりピアノらしい音色になります。ただ、平均律でひくことになれた場合、古典調律でひくと多少違和感を感じることもありますが、調性を気にすることで、音楽に対する興味がまた新たに増えるのではないでしょうか。
きちんと平均律で調律したピアノで、中音ふきんの音階上のド〜ミの3度の和音をきいてみてください。1秒間に7回ぐらいのビィブラートのようなビートがきこえると思います。これは、ミの音が純正のミの音よりもかなり高いためにおこるもので、純正のうなりのない和音とはほどとおいものです。ただし、旋律的にはミの音が高い方がきれいに響くので、ショパンやリストの旋律のきれいな曲は平均律でひいても比較的きれいに響きます。ただ、フラット4つ以上の調(ピタゴラス音律)では、これよりさらに高いミの音が要求されるので、これらの調の曲を平均律でひいても決してその曲のよさを出しきることは出来ないのです。(純正の和音のサンプル 平均律の和音のサンプル)
次に、中音ふきんの音階上のドーソの5度の和音をきいてみてください。こちらは、5秒間に3回ぐらいのビートなのでそれほど気になる響きはきこえません。ただし、純正の5度と比べると明らかに濁って聴こえます。
古典調律に調律すれば、へ長調が一番ビートの少ない純正度の高い調になります。牧歌的なのどかな曲にヘ長調の曲が多いのも、うなずけるのではないでしょうか。
(楽典で協和音程は、完全協和音程と不完全協和音程に分けられますが、古典調律において、この2種類の違いは重要です。つまり、5度や4度の完全協和音程は、そのずれによって生じる唸りの人間の聴覚の許容範囲の幅が少ないのに対し、長3度や短3度の不完全協和音程においては、その唸りの許容範囲が広くなるのです。そのため、この長3度、短3度の幅広い唸りの変化が、音楽の表情に大きな変化をつける事になるのです。)
ピタゴラス音律
フラット4つ(短調は3つ)以上の調をピタゴラス音律といいます。この音律は、全体的に高めの音程になるため、旋律が大変きれいに響くのですが、和音的には3度音程がにごるので、あまりきれいではありません。では、ピアノでひいた場合、にごってきこえるのではないかと思われるますが、ここで、弾き方と、ピアノの調整が問題になってきます。つまり、特にこの調でひくときには、伴奏部分を小さめにおさえるようにひくのです。また、ピアノの調整も重要で、特に整音をしっかりしておくことです。整音とはピアノに表現力をつける作業で、これをしっかりすれば、ダイナミックレンジの広い表現力豊かなピアノになります。このことで、たとえメロディーをmfのつよさでひいても、伴奏部分をかなり小さくおさえることができ、和音のにごりも気にならず、旋律がうき出るように響くのです。(このピタゴラス音律の長3度ですが、かなり多くのうなりを出し、単独で弾くと耳障りにすら聞こえます。それゆえウルフという言い方も出来ると思いますが、これも優れたピアノ、特にヨーロッパの一流ピアノで弾くとこのウルフがあまり気にならなくなるので不思議です。全体を包み込む様にピアノが響くためでしょう。CDで聴いていると、古典調律で演奏しているピアニストが何人かいますが、この長3度のウルフが全く聞こえてこないのもうなずけます。しかも、調による曲想の変化はさらに大きく表れるのです。)
和声的な「ピタゴラス音律」の曲
ピタゴラス音律はきわめて旋律的な音律なのですが、決して和声的な曲がないわけではありません。ピタゴラス音律の音程は高めなので、その和声は非常にはりのある明るい響きになります。そのため、和声的なピタゴラス音律の曲はたいへん明るく緊張感のある曲になります。(例 ベートーベン、ソナタ「熱情」第2楽章 シューマン、「謝肉祭」 リスト、「超絶技巧練習曲」より第11番)
純正5度とせまい5度
古典調律には、純正5度とせまい5度があります。(平均律はみんな少しせまい5度) せまい5度は純正5度に比べると音程がせまく、にごってきこえますが、このせまい5度にも意味があるのです。純正5度は緊張感のある透明な響きがしますが、せまい5度は緊張感の少ないやわらかい響きがします。シャープ系の調にせまい5度が多く、特に長調において比較的和声的におちついた曲がこの調の曲に多いのも特徴ではないでしょうか。また特に短調においてはこの狭い5度は響きに迫力や力強さをあたえます。特にハ短調に劇的な曲が多く、またショパンやリストのピアノソナタのどことなく悪魔的な響きがロ短調で書かれているのも、この狭い5度を主和音にもつ調の特徴を生かしていると思われます。
ショパンの「24のプレリュード」
この曲は、ショパンが24の調性全部をつかってかいた曲集です。この曲集は、ロマン派以降の調性音楽の指針となる曲集だと思います。後にドビュッシーもこの曲集に影響を受けたと言われています。実に24の調性の特徴がそれぞれの曲に出ていると思います。とくにピタゴラス音律での曲は、大変美しい曲ではないでしょうか。
リストの「超絶技巧練習曲」
リストもフラット系12の長短調をすべて使った曲をかいています。(なぜか#系の曲はかかれませんでした。)超絶技巧練習曲といわれる曲でリストが自分の演奏テクニックの粋を集めてつくった曲集といわれていますが、リストの調性感がはっきり出ている曲集でもあると思います。
ピアノに音楽的表現力をつける作業を整音といいます。ピアノをひいてみて、なにかもこもこしたようなタッチのするピアノはないでしょうか。これはある意味で柔らかい音なのですが、曲をひいた場合、旋律を強調して響かすのがかなり困難になります。また逆にきんきんした音のかたいタッチのするピアノはないでしょうか。これはある意味で明るい音なのですが、曲をひいた場合、和音のビートの響きが強調されてしまい濁った響きになってしまいます。理想的には和音を柔らかく響かせ、しかも同時に旋律をのびのある音で強調して響かすことができれば、はりのある非常にきれいな響きになります。このピアノの響きつくる作業を整音といいます。例えば、地声でオペラは歌えません。オペラを歌うにはオペラの発声で歌うのです。ピアノもこれと同じで、オペラの発声にすれば音楽的表現力を豊かにすることができるのです。ただ、間違った整音をすると、かえって悪くなってしまい、もとに戻すのも難しいので注意が必要です。正しい整音をすれば、平均律で調律しても、かなり高い音楽性がえられます。また、きちんと整音されたピアノはタッチによる音色の変化が出やすくなるので、古典調律で調律した場合、調ごとの表情の変化が出しやすくなります。
この整音という作業はピアノの性能を決定づける上で非常に大事な調整といえるでしょう。その方法はピアノの弦を打鍵するハンマーのフェルトのあるきまった部分を針でさし、音の発声をそろえるのです。海外の一流ピアノはこの作業に非常に多くの時間をかけているのです。また逆にどんなに良いピアノも間違った整音をすると、その楽器のもつべき良い音が出なくなります。日本のピアノは、今まで量産に重点をおいてきたためか、きちんと整音されたピアノは、ほとんどないといってもいいぐらいです。ですから、正しい整音をすれば良い音が出るピアノがたくさんあるのです。
この整音という作業はある意味で古典調律と共通するものがあるかもしれません。古典調律というのは、いかに楽器全体から倍音を響かすかという調律ですが、整音というのは、いかに一つの弦から倍音を引き出すかという作業だからです。
理論編
それでは調律にはどのようなものがあるのか理論的に述べてみたいと思います。
ドの音から上にソ、レ・・・と順々に上へ5度ずつとっていってみてください。[ドーソーレーラーミーシーファ#ード#ーソ#ーレ#ーラ#ーファード]最後にドの音に戻ります。(これを5度圏といいます) ここで、それぞれの5度の音程を純正にすると、最後のドの音が最初のドの音より高くなってしまい一致しません。そこで、それぞれの5度の音程を均等に少しずつせまくして最初と最後の音を一致させたものが平均律です。そのために、12の音がきちんと等分化されることになります。また、平均律の長3度は純正長3度よりもかなり高い(短3度は低い)ために、多くのビートをともないます。5度圏の図
それでは、平均律のそれぞれの5度を純正にした場合はどうでしょう。この場合、最初と最後のドを一致させるためにどこか一つの5度を犠牲にしなければなりません。ただ、この犠牲になった5度は極端にせまくなり、かなり多くのビートを発生させるので、聞くに耐えられない音程になってしまいます。(これをウルフといいます) そのために実用的な調が限られてしまいます。 一方、長3度は[ドーソーレーラーミ]の4つの5度の積み重ねでつくられますが、それぞれの5度音程が純正なので平均律のミの音より高い音になります。また、それぞれの音階上の音も純正5度を積み重ねたものですから平均律より高めの音になります。この全体的に高めの音程が旋律を非常にきれいに響かすのです。また、短調の短3度の場合は逆に[ドーファーシ、フラットーミ、フラット]と下に純正5度をとっていきます。その結果、平均律と比べてミ、フラットの音が低くなり非常にせまい短3度ができるのです。このため、たいへん暗い曲想になります。これがピタゴラス音律です。5度圏の図
ピタゴラス音律の周波数値とそれぞれの音の長3度と5度の毎秒のうなりの数を表示します。ピタゴラス セント値 周波数値 この表をみていただければ、いかにウルフの5度のうなりの数が多いことがわかると思います。純正5度を連続してとったしわ寄せがこのウルフの5度にいっきにくるのです。そして、純正に近い長3度が4つ出来ていることもおもしろいところです。この説明は次の純正律でします。
(ちなみに、ピタゴラスのウルフを白鍵の例えばレーラにもってくれば、ショパンの多くの曲はピタゴラス音律で演奏出来ます。ショパンの曲は、フラットやシャープのつく黒鍵を使う曲が多いためです。しかも、純正律とも違う、ピタゴラス音律の透き通るような響きは、調号の多いショパンやリストの曲を、本当にきれいに響かせます。このことからも、明らかにショパンやリストはピタゴラス音律の特徴を生かして曲を書いたと思われます。)
ちなみに、さきほどのピタゴラス音律でウルフをはさんだ長3度はどのようになるでしょう。(たとえば、ドーソーレーラーミのレーラをウルフにする) レーラの音程がせまいので当然ミの音は低くなりますが、おもしろいことに、ほぼ純正な長3度ができあがるのです。ですから、レーラをウルフにすれば(正確にはピタゴラスのウルフよりほんの少しひろい)ハ長調において主要3和音の3度と5度がすべてが純正になり、きわめて和声的な音律ができるのです。これが純正律です。ただ音階上にウルフが入ってきますから、あまり実用的な音律とはいえません。
(5度圏という統一的な立場から純正律を説明しましたが、本来は主要3和音のドミソ、ファラド、ソシレをすべて純正にしたときにできる音律という言いかたの方わかりやすいと思います。その結果レーラがウルフになりますが、この純正律のウルフとピタゴラス音律のウルフがほぼ同じ音程というところに古典調律のキーポイントがあるのです。) 5度圏の図
純正律のセント値と周波数値 長3度と5度の毎秒のうなり数
純正律ですが、音楽界では、確かにある調ではきれいだが、別の調では濁った響きになり、使い物にならない音律というレッテルが貼られています。私自身、ウルフがある以上、そのように考えていましたが、お客様の要望で純正律にしたピアノを弾いてみて、あまりの響きの美しさに、自分が固定観念に取り付かれていた事を反省しました。(音律を変えた直後よりも、変えてからある程度弾きこんだピアノのほうが、確実にその変化は現れます。)確かにウルフはありますが、3度と一緒に弾くとあまり気にならなくなりますし、何よりも白鍵の完全純正部分の響きの豊かさは、衝撃ともいえるほどです。それは、かねてから描いていた「ピアノの音」のイメージをまさに再現する響きです。後に述べるバッハの平均律曲集の解説の前に音のサンプルで純正律のドミソがありますが、それを聴いていただければ、純正律の美しさが突出しているのが、解っていただけると思います。他にも純正ファラド、純正ソシレの音律で構成されたハ長調など白鍵を多く使う調の素晴らしさは想像を超えるものがあると思います。ただ、依然レーラのウルフは存在しますし、音階上の3度の音が純正になる事による旋律性の低下は、どうしても免れません。(最近、ある学校のピアノの調律に行った時のことです。時間を知れせるチャイムが純正律でした。正直、聞いていてかなり変な感じ。完全な絶対音感をもったような人には、気持ち悪くなるのではないかと思えるほどです。チャイムの時間が近つくにつれ、気持ちが憂鬱になるのではないでしょうか。純正律神話のような話しもよく聞きますが、このように、旋律だけ鳴らす場合、純正律は全く合いません。)ここに、旋律的な音程と和声的な音程は両立しない決定的なジレンマがあります。これを解決する方法として、キルンベルガーやヴェルクマイスターの音律が考案されましたが、いずれも響きにおいては純正律には勝らないでしょう。オーケストラの響きも再現出来る楽器としてピアノは「楽器の王様」と言われますが、一度、音を固定したら曲の途中で音程を変えられないピアノは、楽器としては「裸の王様」にもなりかねません。他にもピアノ自体の性能を高めて、響きを良くする方法もありますが、決して純正律の長所をカバーするには至らないでしょう。それくらい、純正律は、すべての音律や響きの基本に位置するものなのです。(キルンベルガーやヴェルクマイスターにおいて、レーラに狭い5度を置く事は重要でしょう。それは、作曲家はレーラにウルフがある純正律を意識して曲を作った可能性が高いからです。そして、そのウルフや旋律性の問題を解決する手段としてヴェルクマイスターなどのウェルテンペラメントの音律が考えられたと思いますが、常に純正律の意識はあったのではないかと思われます。この辺が、過去の作曲家が調律法に関して、特に決まった記録を残さなかった要因の一つではないでしょうか。)
ミーントーン音律
それでは、長3度を純正にした実用的な音律をつくりたい場合はどうすればよいでしょう。長3度は[ドーソーレーラーミ]と5度の積み重ねですから、それぞれの5度をせまくすれば純正長3度ができるのです。つまり、先ほどもかいたように純正長3度は[ドーソーレーラーミ]の中の1つの5度を純正律のウルフにすればつくれますから、このウルフをそれぞれの5度に分散させれば音階上のウルフも気にならなくなり、純正3度をつくることができるのです。このせまい5度はビートを生じますが、3度をつつみこむように響くので和音が非常にきれい響くのです。つまり、5度圏において、それぞれの5度をせまくすれば純正長3度をたくさんつくることができ、ミーントーン音律ができるのです。(実際この5度が人間の絶えうるぎりぎりのせまさと言えるでしょう。)しかし、この場合も5度圏のどこか一つの5度を犠牲にしなければなりません。5度圏の図
ミーントーンで調律した時のそれぞれの音のセント値、周波数値と各音の長3度と5度の毎秒のうなりの数を表示します。ミーントーン セント値 周波数値 この表を見ていただければ特にGis−Esのウルフの5度と、それをはさんだ長3度のうなりの数の多さが目立ちます。
ミーントーンの大きな特徴として、純正長3度がたくさん出来ることですが、その一方で純正5度よりかなり音程が高いウルフが大きな問題になります。特にこのウルフの5度を挟んだ長3度はピタゴラス長3度よりもさらに高い耐えられない長3度になってしまいます。この点ピタゴラスの場合はウルフを挟んだ長3度はほぼ純正になり長3度に関しては5度圏すべて使えるので、このウルフの5度さえ出てこなければなんとかなりますが、ミーントーンの場合はそうはいきません。このウルフの5度を挟んだ部分の和音はすべて使い物にならないのです。その解決策として多くのミーントーンを変形した調律が考案されました。その多くは白鍵部分はできるだけミーントーンのかたちを残し、黒鍵部分を改良したものが多くみうけられます。黒鍵にあるミーントーンのウルフは、ピタゴラス音律や純正律の「純正5度より狭い音程のウルフ」とは違い、「純正5度よりかなり広い音程のウルフ」になります。このミーントーンのウルフのため、それを含んだ長3度はかなり高い聴くに耐えられない長3度にるのです。このウルフや長3度を緩和するために、黒鍵のウルフを他のいくつかの黒鍵区間に分散させる方法がとられたのです。そのため純正5度より高い音程の5度が黒鍵区間に存在する場合もあるのですが、白鍵区間と黒鍵区間の長3度の大きな音程の差が、調性に大きなメリハリのある変化をつけることにもなるでしょう。5度圏の図
それでは、その5度圏をできるだけ純正度をたもちながら、ウルフをださずに閉じる方法はないでしょうか。ここで一つ有効な方法として、純正5度とせまい5度をくみあわせて5度圏をとじる方法です。[ド=ソ=レ=ラ=ミーシーファ#ード#ーソ#ーレ#ーラ#ーファード](=;せまい5度,ー;純正5度)(正確には純正5度のどれか1つをほんの少しせまくしなければならない) これでほぼ5度圏をとじることができます。つまり、先ほどのピタゴラス音律のウルフを4つの5度に分散させ純正3度を一つつくれば5度圏をほぼとじることができるのです。この分散させた狭い5度は、ミーントーン5度になります。つまり、キルンベルガー音律は、ピタゴラス音律とミーントーン音律を複合させた音律といえるでしょう。これで24の調性すべてが使えるようになります。そして、調性によって曲想が変化するという効果が得られます。これが、キルンベルガー音律です。この音律の特徴はド〜ミの長3度が純正になるなることです。そして、黒鍵がピタゴラス音律になります。5度圏の図 それぞれの音のセント値、周波数値、それぞれの音の長3度と5度の毎秒のうなりの数を表示します。キルンベルガー セント値 周波数値 この表ででポイントになる点は、Ges−Desの5度が平均律とほぼ同じ音程になることです。
(今、説明した調律法は正確にはキルンベルガー第3番調律法ですが、第1番調律法、第2番調律法も一般に知られています。これらの調律法はウルフの5度を含んでいるために、あまり一般的とは言えませんが、純正長3度にこだわっていたキルンベルガーの理念がうかがい知れます。)
ヴェルクマイスター音律
ただ、ピアノで和音だけをひくことはほとんどなく必ず旋律がつきます。旋律的には純正長3度はあまりおもしろくありません。そこで次のような5度圏はどうでしょう。[ド=ソ=レ=ラーミーシ=ファ#ード#ーソ#ーレ#ーラ#ーファード]
これでド〜ミの3度が多少高くなり、ビートも少し出ますが旋律的に対応できるようになります。また、シ=ファ#をせまい5度にすることで、さらに多彩な色彩感を出す事が出来ます。これがヴェルクマイスター音律で実用度の高い音律です。実際多くの作曲家がこの音律で曲をかいたのではないでしょうか。特にバッハやショパンのプレリュードにおいて、シ=ファ#に狭い5度をおいた変ト長調やロ長調の曲想を考えると、その思いを強くせざるをえません。この5度圏にはいろいろな表情があります。まず、純正5度とせまい5度の組み合わせで、いろいろな3度ができます。つまり、長3度は4つの5度(短調は3つ)によって構成されますから、その中に純正5度をいくつ含むかによって3度音程の高さが変わってくるのです。さらに、その3度と純正5度とせまい5度のくみあわせで、いろいろな和音、音律ができます。5度圏の図
(今、説明した調律法は正確にはヴィルクマイスター第3番調律法ですが、他にも第4番調律法が一般に知られています。この4番は、純正5度とミーントーン5度が交互に現れるという形のため、あまり実用的とはいえませんが、平均的にこれらの5度を配置したのは、明らかに現代の平均律を意識しているように思えます。5度圏の図)
ヴェルクマイスター調律の方法 ヘルベルト・アントン・ケルナー著 郡司すみ訳 チェンバロの調律より
ここで、このヴェルクマイスター調律法についてもう少し詳しく述べてみたいと思います。ヴィルクマイスター調律法の特徴をいくつかあげてみます。
| 純正律 | ミーントーン | ピタゴラス | 平均律 |
| 平均律の月の光 | 古典調律の月の光 |
| 平均律のプレリュード1番 | 古典調律のプレリュード1番 |
ショパンの24のプレリュード
それでは、ヴェルクマイスター調律法で調律した場合、それぞれの調性ごとの特徴を 「ショパンの24のプレリュード」で説明してみましょう。このショパンの24のプレリュードは、同じく24の調性すべてを使用したバッハの平均律クラビィーア曲集と比較して、曲の配置の仕方が違っています。バッハはそれぞれの曲を半音階ずつ上げていったのに対し、ショパンは5度ずつ上げていきました。そのため、ショパンのプレリュードの方が長調、短調それぞれ曲集が進むにしたがいシャープやフラットが一つずつ増える、または減っていくので、曲想が少しずつ変化していくという自然な流れといえるでしょう
ピアノといえばショパンとリストといえるくらい偉大な人物で、私のような者がどうこう言うのはあまりにも恐れ多い事なのですが、調性感のすばらしさについては殆ど語られないのは残念な事です。ピアノの詩人、ピアノの魔術師など称える言葉は数多く存在しますが、調性感のすばらしさは調律師の私もまだまだ学ばなければならない事が多くあると思えるほど、調律に関しても深い音空間、宇宙観を感じるのです。当時の調律の状況は今ひとつ不明な事が多いとも言われて、調律師という仕事もあったかどうかということすら定かではないとも聞いたことがあります。今、クラシック音楽は不毛の時代とも言われ、中々先が見えない状況のような気もしますが、未来を見据えるには、過去の見過ごした部分も再認識する必要があるように思えます。それは、調律で、さらに言うと、調律の核になる部分、割り振りの理解です。勿論ピアノを弾くテクニックは一番重要で、一番難しく、一番時間がかかる事ですが、ショパンやリストはすばらしい調性感があったからこそ多くのすばらしい曲が生まれたような気もします。バッハによって構築された調性感は、ショパンやリストで花開き、さらにドビュッシーで洗練されます。私のテクニックでは、ドビュッシーの難曲はあまり弾けませんが、へたなりにも「月の光」などの曲を古典調律で弾くと、あまりの響きの美しさに息も呑むほどです。
平均律について
それでは、現在最も一般的に用いられている音律、平均律について述べてみたいと思います。
バッハと平均律
バッハが24の調性全部が使える平均律を発明したというのは誤訳のようです。(前述のバッハの(平均律)クラビィーア曲集に( )をつけた理由もこのためです。) 正確にはバッハが24の調性全部が使えるようヴィルクマイスター調律法を採用して曲をかいた、というべきです
モーツァルトのピアノソナタ平均律の発明
それでは平均律はいつごろ発明されたのでしょうか。それは19世紀中頃のようです。これはショパンやリストが活躍した後です。産業革命と同時に数学などの発達とともに発明された極めて科学的で利便的な音律と言えるでしょう。
平均律の特徴
平均律の特徴は、科学的にそれぞれの音がきちんと等分化されているために、同じ音程ならば、どこの音程もすべて等しくなります。つまり、どの和音も旋律も調性も同じように平均的に響くのです。このために、ヴェルクマイスター音律のように調性による表情の変化は決して出ないのですが、どの音楽にも平均的に対応することができるという利便性はあります。この利便性が現在最もこの音律が普及している理由だと思います。また、平均律の長3度は高めで旋律的になるので、どの調でも、またどの曲を聴いても旋律が同じように浮き出るように響いているのも、平均律の特徴でしょう。
平均律と現代曲
それでは平均律に最も合う音楽とはどのようなものでしょうか。それは調性をもたない現代曲と言えるでしょう。このような無調の曲は、どこの音程もかたよりをもたず平均的に響く平均律がちょうど合うのです。
バッハの時代、現代の複雑なコードはタブーでした。それが、時代とともにコードが複雑化し調性があいまいになっていきます。そして、現代は調性がなくなり、どんなコードも許される時代になっています。調律もこのような時代背景とともに変わってきたといえないでしょうか。
ポピュラー音楽と平均律
ポピュラー音楽とクラシック音楽の決定的な違いは、ポピュラー音楽は調性があるが複雑なコードがたくさんでてくることです。では、ポピュラー音楽にはどんな音律があうのでしょうか。コードの多様性という点からは平均律があうように思われますが、調性がしっかりありますから古典調律の方がきれいに響くと思います。ただ、ほとんどのポピュラー曲は声域などの観点から調を決定していると思いますから、古典調律で演奏する場合は、その曲にあった調に移調する必要があります。(または、その曲にあう調律に変える。一部の電子ピアノでは、それが簡単に出来る。) 実際、移調してみて、前よりよくなる曲もけっこう多いのです。(マライアキャリー・ヒーロー 変ホ長調 マライアキャリー・バタフライ 変ト長調 etc)
セントの概念
平均律の半音を百等分してそれぞれの音律を周波数ではなく整数で表すことができます。つまり平均律の半音の百分の一の音程比を1セントとし、それぞれの音程を何セントと表すことで、それが平均律とどれだけずれているか非常にわかりやすくなり、あたかも平均律を音律のものさしのようにして、それぞれの音律が客観的に比較しやすくなったのです。ただし、これは1885年にA・J・エリスによって考案されたもので、当然バッハやショパンの時代には使われてなかったことになります。
平均律には、12平均律の他にも、18平均律、53平均律、130平均律などとオクターブを細分化して、いくつか種類があるようです。この事を考えると、半音を100等分するセントの概念も、オクターブを1200等分する1200平均律といえるかもしれません。このように考えれば、ある意味では、オクターブ12平均律という枠を越えて、かなり自由な発想が出来るのではないでしょうか。しかし、どんなにオクターブを細分化しようとも、オクターブ以外の協和する音程は無理数でしか表す事が出来ません。(よくよく考えるとこれは当然な事かもしれません。自然の摂理を人間が考えた10進方の考え方に押し込む事自体に無理があるのです。)この事は、協和する音程を平均律の概念で考える事には、どうしても無理があると考えざるをえません。しかし、音程比を分数で表す場合の計算は、掛け算や割り算でしなければならないのに対し、セントでは足し算や引き算で出来るという、やり易さがあります。ですから、それぞれの長所を踏まえて、多角的にみていけば良いのではないでしょうか。(このオクターブを細分化するセントの概念は、どうも現代のデジタル的な概念と似ている気がします。)さらに、もう一つ音律の計算をする上で忘れてはならないのが、5度圏の図でしょう。この5度圏の図が、私は一番直感的にわかり易いと思います。分数やセントは数字で表現するのに対し、5度圏の図は視覚的に表現するので、イメージが掴み易いのです。5度圏においては、すべての音程は5度の積み重ねですので、一見解りにくい純正律における大全音や小全音や、ピタゴラス音律における導音の概念も、5度圏の図をみればすぐに理解出来ると思います。
セントの計算式 1200:Y=log2:logX (1)
音程比Xの時のセント値Y
Xに音程比を入れれば、そのセント値Yが(1)式よりすぐに導き出されます。
これは掛け算や割り算が足し算や引き算に変わる対数の性質を利用した非常にシンプルな公式で す。まさに数学の対数という協力な道具によって導き出せる概念でしょう。これにより、さまざまな音 程のセント値を先に出して、それを足し算や引き算でパズルのように組み合わせれば目的の音程のセント値もすぐにわかり、そのセント値から今度は音程比を導き出して目的の音の周波数がわかれば、異なる音の間に生じる唸りの値も正確に導き出せるのです。
ピアノの発達
ピアノの発達と平均律の使用も無関係ではないでしょう。19世紀後半、ピアノは格段に進歩し音量、響きを増すようになりました。これはスタインウェイの功績が大きいでしょう。このため平均律で調律しても音楽的にかなり高い表現が可能になったのです。また、実用性から考えて、どうしても完全な純正の音律をピアノでは使えない分、ピアノ本体の方でそれを出来るだけカバーするようなピアノが良いピアノといえるかもしれません。つまり、いかに余計な倍音を抑えて、重要な倍音をより強調して出すことが出来るか、というのが良いピアノの条件の一つになるのです。これは次のページで紹介する整音にも当てはまります
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調律曲線とユニゾン調律
平均律でピアノを調律すると、どうしても高音部が低めに聞こえてしまうため、高音部を多少高めに調律します。これを平均律独自の調律曲線といいます。しかし、純正の範囲内で合わせようとしても、どうしても物足りなさを感じるため、高めにしようとすると今度はオクターブが犠牲になってしまい、決して古典調律で合わせたようにな、美しさや輝かしさは得られないでしょう。それから、ピアノの中音より高い音は、一つの音に対して、3本の弦で鳴らしているので、この3本の弦が同じ高さに揃っていなければクリヤーな音にはなりません。しかし、機械のようにきっちり合わせてしまうと、特に平均律で合わせた場合、各音がそれぞれ協和しにくい状態になってしまうため、響きがつまらなくなってしまいます。多少狂った音の方がピアノが響くのもこのためです。調律も整調も多少の遊びがあった方が良い響きになり、また逆の言い方をすれば、良い響きになるようにする事がピアノの調整の目的であるといえるでしょう。これは、理論ではなかなか説明出来ないもので、調律師の感性に頼る面が大きいと思います。そして、古典調律や整音がピアノの響きを創る上で、非常にに大きなプラスアルファの力になるのです。
ヴァロッティ・ヤング調律法
この調律法は5度圏の12の5度のうち、純正5度とせまい5度を半分の6個ずつおいたものです。古典調律とよばれる調律法のなかでは一番平均律に近い調律法かもしれません。ただ、やはり響き的には古典調律の響きです。でしたら、平均律でつくった5度を若干ずらして、つまり黒鍵の5度をできるだけ純正に近ずけ、白鍵の5度をせばめにして「古典調律に近い平均律」もできると思います。(実際、チューナーによって、きちんと等分化された平均律のピアノは、何のおもしろみもないピアノになってしまいます。) 5度圏の図 ヴァロッティ・ヤング セント値 周波数値 毎秒長3度のうなり数
音律の歴史
それでは、音律はどのように発展してきたのでしょう。おおざっぱに言うと次の3つの時期に分類することができると思います。
紀元前、ピタゴラスがピタゴラス音律を発明してからずっとこの音律がもちいられてきました。ところが15世紀頃ルネッサンスの時代、教会音楽などで和音の響きが重視され出すと、ピタゴラス音律では3度がにごってしまい、きれいに響かなくなります。そのため、3度を純正に響かす実用的な音律が求められました。そこでミーントーン音律が生まれました。(この時代は他にもいろいろな音律が考えられたようです。出来るだけビートを出さずに実用的で純正な音律をつくろうと試行錯誤した時代ともいえるでしょう。)ただ、これらの音律はウルフをつくってしまい、つかえる調性が限られてしまいます。そこでバッハはこれらの音律をうまく複合してウルフを解消させ24の調性全部をつかえるようにしました.。それから、それまでの考案されたいろいろな音律はミーントーンの変形したものが多く、純正長3度を意識していましたが、バッハは高めの長3度の重要性を指摘したのです。(しかし、この事がバッハ=平均律という誤解を生む事になったのも事実でしょう。)以後、調性音楽はバッハをもとに発展していったといえるでしょう。ところが、20世紀になると、さまざまな複雑な和声が使われ出し調性もあいまいになってきます。また、ピアノも爆発的に普及し、ポピュラー音楽など、さまざまな音楽が通信機器などの発達によって広まっていきます。このため、平均律を使って、このような多面性にすばやく対応できることが求められるようになってきたのです。
ただ、決してオーケストラや歌は平均律で響いているわけではなく、和音は純正律で、旋律はピタゴラス音律で響いているのです。ある意味で20世紀は利便性を追求した時代でした。これは人々の生活を物質的に豊かにしましたが、心の豊かさをどこかで犠牲にしたところもあったのではないでしょうか。ここで、もう一度音律についてじっくり総合的に見直し、物事の本質について見つめ直す時がきているのではないでしょうか。
音楽と科学
歴史的にみて音楽と科学は密接な関係にあるようです。それはピタゴラスが5度を2:3の音程比で音階をつくった時から始まっていると思います。その後、科学の進歩と平行して音楽も進化していきました。(春秋社から出ている茂木一衛著の「宇宙を聴く」という本は、その進化の過程を面白く解説しておられます。)特に20世紀に入ってからの科学の進歩はめざましく、現代音楽を聴いていると音楽も時として非常に高度で理解しずらいものになっているように思います。20世紀の科学の一番の進歩はミクロの世界を扱う量子論だといわれており、これが現代のあらゆる生活の便利さに役だっているといわれますが、そのミクロの世界の原子レベルでは、その物質の基本構造が振動数の比で表されるというのは面白いところです。量子論には現代社会において抜きには語れないほど、その恩恵を受けているといわれますが、物質の最小単位を粒とする量子論の考え方では、どうしても真の本質をとらえきれない側面もあるように思えます。これは音律に使われるセントにも当てはまるような気がします。セントはオクターブを細かく分解して音程を粒のようにとらえる考え方ですが、これは様々な音律を組み立てるうえで非常に便利な道具になりましたが、その値は近似値であり、決して本質ではないという事もわきまえなければならいと思います。そんな中で最近新たな科学の理論が注目されているようです。超弦理論とか超ひも理論と言われているもので、原子よりさらに小さい物質の最小単位は振動する弦やひものようなものであるというのです。(振動ということでしたら弦と言うべきだと思いますが。英語ではsuperstring
theoryでstringは弦ともひもとも訳せます。)ピタゴラス以来、発展してきた科学や音楽が、ここでまた改めて強く結びついていると実感せざるをえません。人間が音楽に共鳴するのも、このような根本の部分に由来しているからかもしれません。(ブルーバックス竹内薫著「超ひも理論とはなにか」P50より”宇宙は、まさに、超ひもが奏でるハーモニーの世界なのだ。”)つまり、古典物理では、空気の粒子の振動や電磁波というマクロ的な見方をしていたのに対し、現代物理では、原子や素粒子レベルでの物質の存在にかかわる問題に量子論的に振動を扱うという見方になるのです。科学の分野では統一や同等といった概念で事象をシンプルにしますが、宇宙レベルのマクロの世界と、原子レベルのミクロの世界を結び付ける統一理論の完成が目指されていると言われます。そして、その大変困難な試みは、この超弦理論によって良い方向に向かう兆しが見えると言われているようです。そうなれば、音楽も含めてこの複雑化した社会も、いろいろな面で統一というシンプルな形であらわされる新たな価値観が出来上がるかもしれません。(相対性理論を発表したアインシュタインは、次に統一理論を提唱して、残りの半生を完成に努めましたが、ついに実ることはありませんでした。空間や時間は一定不変ではなく伸び縮みするなど、数々の従来の物理学の常識をくつがえしたアインシュタインですら、物質の根本にかかわる問題、つまり物質の根本はかたいものではなく、振動によって成り立っているという、従来の物理学の常識からすれば、あまりにも奇想天外な発想に気付くことはなかったのです。アインシュタインは、生涯の最大の失敗は、自身の宇宙方程式にある定数項を入れたことだと言っておられましたが、最大の失敗は、この超弦の存在に気が付かなかったことではないでしょうか。相対論によって原子力の扉が開かれ、現代の暮らしに大きく役に立っていますが、統一理論によっても、将来人間の暮らしになんらかの大きな恩恵がもたらされる日も来ることでしょう。。)
吹奏楽とピアノ
今はピアノを弾く人で、吹奏楽をやっている人も多いと思います。吹奏楽の経験者の中には、特に平均律などの和音に耐えられない人もいるようです。それは吹奏楽でつくる純正な和音に慣れているために、平均律の純正ではない和音に拒絶反応を起こしていまうのかもしれません。お客様の中には平均律だけだなく、キルンベルガーやヴェルクマイスターの唸りの出る狭い5度に耐えられない方もいます。この場合、純正音律やピタゴラス音律は、たとえウルフがあっても違和感はないようです。またピタゴラス長3度は、一見唸りの多い濁った和音のようにきこえますが、これは純正5度によってつくられる、旋律的に自然な長3度なのです。それに対して平均律やミーントーン、キルンベルガーやヴェルクマイスターの狭い5度は、人間が作為的につくった自然界にはない不自然な和音なのです。この5度を単音楽器で演奏しようとしても出来るものではないでしょう。純正音律に慣れた人はこの不自然な狭い5度に耐えられないのかもしれません。このことから考えても、その人に合わせた音律をオーダーメイドするのも、画一的な音楽から脱却するする一つの大きな要因になるかもしれません。
作者紹介とこれからの課題
埼玉県さいたま市に住む調律師です。(名前 森 一夫)数年前、平島達司著ゼロ・ビートの再発見(東京音楽社)、高橋彰彦著・複合純正音律のすすめ(音楽の友社)の本を読んで古典調律に興味をもち、自分でピアノを古典調律で調律してみたところ、その響きのきれいさにびっくりしました。今、家には2台のピアノがあり、1台を古典調律で、もう1台を平均律に調律してあります。バッハからドビュッシーにいたるまで調性のある曲は古典調律で、現代曲のような無調の曲は平均律がいいようです。(しかし、最近、平均律のピアノも古典調律に変えました。やはり、古典調律の響きは素晴らしいです。)
また、最近では音律がボタンーつで瞬時にかえられる電子ピアノもー部機種にあるようなので、これで音律の違いを実感することもできると思います。実際ドビュッシーの曲を古典調律にした電子ピアノでひいてみて、その響きのすばらしさに驚いたということもきいたことがあります。
ただ、平均律でひくことに慣れた場合、古典調律でひくと、違和感を感じる方もいるので、普段の仕事上の調律はほとんど平均律でしています。もちろん平均律で調律しても、正しいピアノの調整をし、きちんとしたひき方でひけば、かなり高い音楽性はえられます。でも、古典調律によって平均というからをやぶり、真実の扉を開くことで、また新たな世界が見えてくるのではないでしょうか。
私は平均律は音律のゴールではなく、通過点だと思います。さまざまな音律が考案される中、平均律はオクターブを正確に12等分し、その半音の100分の1の音程比を1セントとするセントの概念を確立して、音律の絶対的な基準値を確立しました。その、基準値を元にして、さまざまな音律を客観的に見やすくなったのです。これが平均律の確立の大きな功績でしょう。その意味では、平均律だけにしがみつくとこは、音楽に対する見方を狭めてしまう結果にならないでしょうか。さらに、一歩踏み出して、さまざまな音律を理解し感じる事で、音楽に対する世界感は、またさらに広がるものだと思います。
以上かいたことは、私自身の主観も多少入っているかもしれません。なにか意見や質問がありましたらメールでおくっていただけたら嬉しいです。これからも新たな発見があるたびに内容をかき直していきたいと思います。
それでは最後に私が実際にひいたことがある曲、またはCDなどできいたことがある曲を自分なりに主に調性的な立場から説明したいと思います。
この曲はヘ長調です。へ長調はうなりの一番すくない調なのでこの曲もたいへん透明感のある落ち着いた曲想になっています。ところが中間部は同主調のへ短調になります。へ短調は短調のピタゴラス音律なのでたいへん暗い曲想になります。穏やかな情景が一瞬に嵐に変わるのです。このように同じ曲の中で純正な音律とピタゴラスを使うことで曲想の変化を強調して出そうとした曲は結構多いのです。
この曲はハ短調です。ハ短調は短調のピタゴラス音律の中でも特に暗い曲想になので、この曲も前半はずっしりと重く暗い曲想です。ところが、中間部は同主調のハ長調になります。ハ長調はうなりの少ない和声的な落ち着いた調ですから、この中間部もまさにそのような曲想になっています。
この曲はロ長調です。ロ長調はピタゴラス音律に近い音律です。そのため旋律的でありながら、主和音の5度が狭い5度のため、柔らかい響きになります。主和音はピタゴラス和音ではないのですが、属和音がピタゴラス和音になります。この属和音のピタゴラス和音が、この曲のメロディーにおいて重要な意味を持ちます。14小節目のAisの音はメロディーの流れの中でポイントになる音ですが、ここにピタゴラス和音をもってくることでこのAisの音をより強調して響かすことが出来るのです。中間部、ロ短調になります。ロ短調は短調の中でも比較的暗い調です。そしてハ長調に転調するなどいろいろな調に転調を繰り返します。この転調がなんともリズミカルで心地よいものです。その中でも途中、突然ピタゴラス長調に変わる部分があります。ピタゴラス長調は非常に明るい調ですから、この対比が特に新鮮にきこえます。このように曲の途中で突然ピタゴラス音律を使い曲想をがらっと変える曲はベートーベンのソナタなどにも多くみられます。
この曲は変イ長調です。変イ長調は長調のピタゴラス音律で、旋律的な音律です。そのため、この旋律が大変きれいに響くのです。また、この旋律上のポイントとなる音階上のミの音を強調して響かすことができます。 途中、ロ長調に転調し、少し和声的な響きになります。さらにハ長調に転調し一気に和声的な落ち着いた響きになります。そして、ホ長調に転調し、緊張感が高まっていき、再び変イ長調に戻り曲が盛り上がっていくのです。この曲はリストの曲の中でも大変有名な曲ですが、改めてリストの調性感の素晴らしさに驚かされます。古典調律の調性の変化に伴い曲想が変化していくその状況は、まさにつぼにはまったという表現が適当かもしれません。
この曲もたいへん有名な曲ですが、調性の変化を巧みに利用した曲でもあると思います。最初は、たいへんゆっくりとのびのある旋律ではじまります。調性は変ニ長調のピタゴラス音律ですが、この音律で弾くことで旋律を非常にきれいに響かすことができます。伴奏部分を極力おさえて弾くことも大切です。この静かな序奏部が終わると次にあの大変有名な旋律がはじまります。ここも変ニ長調のピタゴラス音律です。どうもワルツの曲にはピタゴラス音律があうようです。ワルツ独特の華麗な響きを出せるのでしょう。ショパンも多くのワルツの曲をピタゴラス音律でかいていますし、ブラームスの有名なワルツもピタゴラス音律です。長い弾むようなワルツが終わると次にヘ短調になります。ヘ短調は短調のピタゴラス音律ですから、ここで曲は一気に暗くなります。この大変暗いへ短調の部分が終わると、次にハ長調になります。この部分は変ニ長調の時のような流れるような旋律ではなく、和音を一つ一つ響かすような落ち着いた旋律です。そして、曲は一気に変ニ長調に上りつめ、有名な旋律が再び現れます。最後に序奏部の旋律がきれいに響き、曲は静かに消えるように終わるのです.。
