★ネタバレ感想★
21世紀本格
主催者である島田荘司氏によれば「本格」とは本来、神秘主義と最先端の科学を出会わせた「精神」であるらしい。ところが『モルグ街の殺人』以来、そのうちの最先端の科学という部分が抜け落ちてしまった。そこで新世紀にいたりその精神を取り戻そうというのが今回のアンソロジーの趣旨。つまり『21世紀本格』とは手法はあくまで本格でありながら、素材に最先端の科学をもちい、再び神秘主義と先端科学の融合を目指そうという主張らしい。
――個人的にはトリック云々素材云々よりも、斬新な発想がこめられた作品ほど面白いと感じました。
『神の手』郷堂 新
神の真理と人間の科学による進歩のアンビバレンツを描いた作品。神の技を再現しようとする行為ははたして冒涜なのか?それともそれこそが神へと近づく人間の修行なのか?本格ミステリィというジャンルの影に隠れながら問われるものは非常に重い。――ふたばとしてはぜひ後者だと信じたい。神なんて信じていないけど、人間は進歩するために自ら作った禁忌すら突破しないといけないと思うから。
『ヘルター・スケルター』島田荘司
脳の故障による人間の認識のずれを利用したミステリィ。これを読むと、世界とは人間の脳の中にあるのだと良く分かる。だからこそバーチャルリアリティとか仮想が現実に近づくという問題が出てくるのだろうが。――機械にさかる男という絵も、想像するとなかなか笑える(笑)。
『メンツェルのチェスプレイヤー』瀬名秀明
AIといえば仮想の頭脳だけど、それを人間の形が規定するというと言うのが、ふたばにとって新しい概念で斬新でした。同属を殺す唯一の生物である人間の身体が殺人に適応した身体なのか――興味が尽きないところ。肝心のミステリィ部分が弱いかな?ただ謎を周りの観察者が規定するという部分は興味深い視点。
『百匹めの猿』柄刀 一
ミステリィとして非常に綺麗な印象。散りばめられたミステリィが「百匹めの猿」の蓋然性という絵を見せていると思う。夢を操作して殺人を起こすというアイデアが斬新。それを夢の中で謎とかれ指摘されるというのが皮肉っぽいですね。
『AUジョー』氷川 透
ロジックパズラ。世界設定が興味深いところだけど、その説明が助長だなと感じる部分も。そしてその世界設定自体がロジックの縛りでしかないと感じないでもない(笑)。胎児から生み出されたジョーという絵は先端科学が見せる怪奇性・神秘性という感じで良いのですが、それが結局作り話だったというのが個人的にはバツ。ロジックパズラーって、結局、不思議なことを理屈をつけて不思議じゃなくしてしまうもの。だから最後に明かされる真相が、提示された謎の神秘性よりもぶっ飛んでいないといまいち面白みがないと思う。今作はせっかく恐ろしいまでの真相に辿りついたと思ったら、それを否定して普通なところへ着地してしまったのが残念。あれを否定するなら、さらに恐ろしいものを出さないとね。
『原子が裁く核酸』松尾詩朗
素材に原子や核酸を持って来て、さらにそれを真正直にミステリィとして組み込んだ作品。科学や化学についての知識がないとわからない謎が提示され、それについて解説というか前振りみたいなものもないまま最後の謎解きまできてしまうというのが欠点かと。いやそれでも発想自体が斬新だったりするとたとえ特別な知識がないと解らない謎でも驚愕を持って受け入れられるんだけど、発想も別に普通のミステリィと変わり映えしない。要するに単なるダイイングメッセージだしね。
『交換殺人』麻耶雄嵩
科学的な素材を使わず、旧来の素材を洗練化させるという方法をとった――らしい作品。たしかに面白い。交換殺人という要素を逆手に取った結末の反転に意外性はあった。けど『21世紀本格』に掲載される作品として、この作品のどこに新しさがあるのだろうか?と考えると首を傾げたくなる。これはごく普通のミステリィ。ミステリィに20世紀も21世紀もないと言いたいんだろうけど――。特に旧来の手法を洗練させた感じも突き詰めた感じもしませんでした。よってこの作品が他のものより本格ミステリィとして良くできていたとしても、この作品に「価値はない」といわざるを得ない。たとえ失敗だったとしても他の作品のように「新しさ」を見せてほしかった。
『トロイの木馬 Trojan Horse Program 』森博嗣
まあ、森フリークとしては、「このアンソロジーの中でこれがベストだ」と言いたいです(笑)。いや、真剣にそう思います。最先端の科学――ネットワーク社会を素材に本格ミステリィを展開。しかもハイテクノロジ世界を舞台に指定ながら、後半には幻惑されるイメージを持ち得ている。そして最後に提示される新世紀への問い。これをベストといわずに何が21世紀本格なのか!!
――自分が生み出したもののはずなのに、自分とは異なった意思を持ち、すぐにその庇護から飛び出して言ってしまう子供たち。母親にとって、ずっとそばにいてくれる――自分の「子供」というのはいわば永遠の夢なのかも。――と考えると、母親が現実で飲んだ薬こそが、もしかしたら「トロイの木馬」だったのではないだろうか?出産が楽になるという表向きの薬効の影でいずれ木馬から飛び出してくる兵士たちのように潜んでいた子供を成長させないという副作用。――その薬を母親はすべてを知って飲んだのだとしたら?
いったい誰が今回の出来事を仕掛けたのか?仕事を持ち自立しかけた子供から、すべてを奪ってしまうことになるかもしれない事件。千宗が夢の中――あるいはヴァーチャル世界で行ったことは、「母親殺し」という二十螺旋という鎖で繋がれたスパイラルから抜け出すための儀式。でも千宗は抜け出せたのか?――はたして抜け出せるものなのか?
母親だけではない。誰だって何かに繋がれている。
自分自身は存在する?巨大なシステムの一部でないとなぜ言いきれる?自分自身であることに意味はある?
――人ははたして自由なのか?誰かに仕掛けられたプログラム――表向きに仕組みの影で何かを行うために潜まされた「トロイの木馬」でないとなぜ言いきれるのか?
――最後の章の問いこそが読者を真の謎へといざなう。
自分は自分の意思で生きている。それが人間の自由だ、と考えること自体が、一種の封印ではないか。その呪文があるかぎり、
その先に潜む本当の存在を、君は見過ごしてはいないだろうか?――森博嗣『トロイの木馬 Trojan Horse Program 』