★ネタバレ感想★


QED ベーカー街の問題

高田崇史


<あらすじ>

 シャーロキアンクラブ「ベイカー・ストリート・スモーカーズ」のパーティに参加した棚旗奈々と桑原崇。ホームズの寸劇の最中に殺されたクラブのメンバーは、ホームズにまつわる最大の謎に気づいために殺されたのか?ホームズに隠された驚くべき秘密が桑原崇により解き明かされた時、連続殺人犯が浮かび上がった。QEDシリーズ第3弾。


<感想>

 「QED」シリーズ第3弾。毎回、事件に絡ませて、見事な文献解釈を見せてくれるが、今回は「シャーロック・ホームズ」にまつわる謎――『最後の事件』以降、ホームズの性格嗜好が、がらっと変わってしまったのはなぜか?という疑問に挑戦する。百人一首・六歌仙(七福神)と続いていたので、日本の古典が専門かと思っていた。が、あえてホームズを選ぶことで、次回作以降の選択が広がったと思う。

 今作で1番面白かった点は、やはりホームズにまつわる謎解きの部分だ。このシリーズは、事件の謎解きよりも、文献解釈のほうが面白い。その文献の謎が解けていくくだりは、ミステリィの謎解きそのものカタルシス。殺人ばかりがミステリィではないと感じた。ただ、その文献についての知識や興味がないとまったく面白みが分からないという問題もある。ふたばはシャーロキアンではないので、「ホームズ=モリアーティ」という説が、どれほど有名なのかは知らない。が、これには途中で気付いた。面白いと思ったの点はその根拠で、「モリアーティ」という知らぬ者のないほど有名な、ホームズのライバルとして認識されている人物が、実は、ホームズ以外に確認されていないという点である。「誰もが見落としている」とわざわざ書かれているからには、たぶんこれを指摘した人は稀なのだろう。実はこれについては読んだ当時にふたばも疑問に思った。が、それは演出上の点であって、最大の敵なのに、何故いつも伝聞でしか登場しないのだろうと思っただけだ。それで「モリアーティが実在しないのでは」とは思わなかった。ちゃんと登場させればいいのに、その方が盛り上がるだろうに、と思っただけだったのだ。つまりこれは、作中に何度か書かれているが、人間は見たいものしか見ないし、聴きたいものしか聴かない、ということに通じるだろう。「モリアーティ=ホームズ最大の敵」という図式が固定観念になり、それが存在しないなど考えもしないのである。そしてそれは、繰り返し読めば読むだけ、研究すればするだけ強くなり、最初に読んだ時にわずかに感じた違和感など、完全に消失してしまった。

  悪いと思う点は、ホームズの謎解きの魅力に比べて、物語自体の魅力に欠けること。事件自体が話の中心にはないといっても、ストーリー展開には起伏があるべきだと思う。盛り上がるところや激しく展開するところがないのだ。ヒロインのはずの棚旗奈々も存在の理由が乏しい。彼女がいなくても話が成立する。桑原崇の話を聞いて驚くためにのみ存在しているようだ。

 正直に言うと別人がホームズを演じていたと言う点は唐突で根拠が弱いと思う。しかし他にすべての矛盾を上手く説明できることがないのだ。ならば「いかにありそうもないことであろうとも、それが真実であると仮定する」しかないと思う。それは上手く説明できない言い訳に聞こえるかもしれないが、ホームズと結びつけたミステリィとしては、上手い説明だ。苦し紛れかもしれないが、そこは、素直に納得した。それはふたばがホームズファンだからだろう。

 

「虹は、それを見つめている人の目の中、網膜の上にしか存在しないのだ。
――つまり、シャーロキアンというのは、虹を追っている人間のことなのだ」

 ――桑原崇


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