★ネタバレ感想★
カクレカラクリ
森博嗣
<あらすじ>
廃墟マニアの郡司と栗城は、廃工場跡を探索するために、同じ大学に通う花梨に招かれて鈴鳴村を訪れた。鈴鳴村には、天才絡繰り師の残した120年後に作動するという絡繰り隠されているという伝説があった。今年はまさに隠れ絡繰りが作動する年。2人は、花梨やその妹・玲奈の協力を得て、隠れ絡繰りを探し始める。
<感想>
コカ・コーラ誕生120周年記念作品だそうである。
読んでいて、初めは、120年前の技術では作れそうもない、隠れた絡繰りが村のどこに隠されているのか、それを当然考えた。それが話の焦点だからだ。ただ登場人物たちは、それほど熱心に隠れ絡繰りを探してはいない。自分たちの興味――廃工場跡の調査に夢中で、隠れ絡繰りのほうは、時々思い出してはディスカッションしたり、考えたりしている程度。手がかりもほとんどないので、創造者がどう発想したのか、その意志をトレースすることで、考えるしかない。
――ふたばもそのうち、隠れ絡繰りが、どこにあるかよりも、どうして作られたのかが不思議に思えてきた。
何故それを作ったのか?
財宝を隠すという目的があったにしろ、それを想像し、創造した者の意志とは、一体何だったのか? 120年後のことなど、普通、想像できない。自分でも確かめられないシステムを作った、その意志とは一体なんだったのか? そのことが読むごとに、不思議に思えてきた。
物も、人も――全ての物は、年月を経ることで自然へ帰り消えていく。
それが、自然の摂理だ。
しかし、もし120年という人の一生以上の年月を経て動きだす隠れ絡繰りがあったとしたら、その存在は自然の摂理に反するものではないだろうか?
――自然に抗う行為を想像し実行すること、それがあらゆる自然物と人間を分かつものだ。
人間だけが、歴史という認識を持ち、それを記録し、後世へと伝えようとする。
歴史すら、いつか消えて無くなってしまうけど、ただ、残そうとする行為自体が、自然への抵抗だと思うのだ。
人間の営みであった工場跡を消えていくのが定めと知りつつ、少年たちはその跡の写真を撮り、記録を残し、少しでもそこにあったものの、残り香を伝えようとする。もちろん自分たちの興味が先に立ってはいる。伝えるといっても、特に誰かということでもない。
でもそこに確かに人間たちがいた。
自然に抗って生活を営んでいた。
その跡を、無意識にでも残そう、伝えようとしているように思えてならない。
人間の意志を、その美しさを、はかなさを。
それが人間として存在しているものの、本質ではないのだろうか?
隠れ絡繰りも、それと同じではないだろうか。
120年後に動く絡繰りを想像し、作り、それを伝えたこと自体が、創造者の、自然への抵抗なのではないだろうか?
動き出した、絡繰りの様子は、感動的だ。そこに込められて、人の意志、人の思いを、郡司と同じように美しいと感じた。
何も生産しない、ただ小さな人形が動くだけの絡繰りは、動きを止めたときに役目を終えたのか?
そうではないだろう。
120年の時を超え未来へと伝えられた、人の意志は、それを見た人の感動とともに、さらに後世へと伝わるだろう。
伝えることで、隠れ絡繰りは、命を持つ。
伝えられているうちは、隠れ絡繰りは無くならない。
永遠に作用するシステムだ。
――もちろん、それも、いずれ消え行く定めだ。
――抵抗とは、流れを塞き止めたわむこと。
流れを消してしまうことでは、無いのだろう。
そこに確かにそれはあった。
今はもうないが、確かにそこにあったのだ。
長く残るのは、思い出や記録のみ。
それすら消え行く定めである。
無駄だと知りつつも、それでもその意思を伝えようとすること、
伝えようとする意志自体が、人間であることの証明ではないだろうか?
音は止まらない。
動いている。
生きている。
生きていたのだ。
人間の知恵が、そして意志が、
こんなにも、遠く未来まで、伝えられるなんて。
出来るんだな、こんなことが、と思う。
偉大だ。
人間って凄い。
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