★ネタバレ感想★
θは遊んでくれたよ
森博嗣
<あらすじ>
飛び降り自殺したと思われた男性の額に描かれた「θ」という文字。その後、次々と見つかる「θ」の文字を記した飛び降り遺体。その繋がりは? Gシリーズ第2弾。
<感想>
まことしやかにQシリーズ(海月)などといわれていたが、Gシリーズだそうである。Gって何? グループ? ゴール? それともゲート?
というわけで、VシリーズよりもシンプルなGシリーズの特色は、表層の現象は説明はできる、しかし背面に隠された真相は語られないといったところでしょうか。今回も、事件を隠蔽する為にたまたま最初の自殺で記されていたθという記号が使われたという表層のトリックは説明はできたけど、そもそもθとは何なのかわからない。どうも例のあのお方が関係あるようだけど……。
あのお方の名前が出てきたときは、ゾッとしました。そりゃあ同じ世界だからね。当たり前なんですが、やはり繋がっていると思った(笑)。いったい彼女は何を目指しているのか……って、以前書かれた某作品を考えると、思考と肉体を切り離すことを考えているはずですか。つまり生としてのわずらわしさを捨てること――ということは今回の最初の自殺という行動と関わってくるのでしょうか。そういう意味では海月くんが語った隠された殺人事件の真相というのは本当に表層で、無関係であった最初の自殺こそ、Gシリーズ的には、実は重要なのでしょうね。
本作のテーマは――人と人の関係でしょうか。新たな萌絵と犀川の関係や、久し振りに登場した愛との友情、それには新たに主役(?)3人組との関係(彼ら自身の関係もだが)など、人間関係がクローズアップされていた気がする。なにより「シータとはあなたと私の関係」だそうだし。
エピローグでのAI・θと「誰か」の会話は、明らかに「誰か」の自問自答。AIという鏡に写った自分と会話しているに過ぎない。しかし人はそれに、癒しや慈しみを感じ、自分の命すらささげてしまうこともある。はたから見ればそれは寂しく空しい愚かしい行為でしかない。
だけどそれは人間同士の関係だって同じではないだろうか?
いや確かに、人間同士の関係ならば、適当に相槌を打ち自問させるだけのAIとは違い、その相手にはその相手の意志が存在している。――しているはずである。
ところが、人の意志は目に見えないのだ。だからそれが確かにあると証明することはできない。僕らが感じる相手の意志とは、相手の仕草から、会話から、そうであろうと自分が想像した、ある意味、単なる幻想に過ぎないのだ。目の前にいる人と繋がっていると感じるのは、繋がっていたいと望む自分が当てた光によって出来た相手の影でしかない。
AIとの会話とは、自分の見たい幻想をかけるモニタであるという意味で、人と人の会話の極端ではあるが純粋なモデルかもしれない。
―― 一方通行同士の繋がりたいという願望、それが人と人の関係ではないか。
それが悪いというのではない。繋がっていないからこそ、僕らは繋がりたいと望むのだから。そのために努力し、前へ進む。
――たとえそれが幻想であっても、その影を憎み恨み、そして影を愛し慈しむのだろう。
理由も動機もすべて、光が当てられたときに現れる影に過ぎない。光の当て方によっては、影はどちらにも現れ、形の歪み方も変わり、いくつも同時に現れることさえある。そんなものなのだ。ただ、それがあった、存在していた、ということを仄めかしているにすぎない。<中略>それなのに、皆、この影に縋りつき、影に纏いつこうとする。影を憎み、影を恨むのである。
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