★ネタバレ感想★
青の時代
栗本薫
今より25年前――カリスマ演出家の率いる学生劇団「ペガサス」の新人オーディションの最中、花村恵麻は伊集院大介に出会う。才能を開花する恵麻の周りで起こる連続殺人事件に、「名探偵」を目指す伊集院大介が挑む。
伊集院大介シリーズ。若き日の伊集院大介が描かれる。――と言っても、大介さんは変わらない。今作は「時の流れ」が重大なテーマだと思うけど、大介さんだけはずっと変わらないように描かれています。不動だからこそ、彼は人間の錯綜とした想いを解く「名探偵」なんでしょうね。カルト的な熱狂に男女の性差の違いを見出している伊集院大介の分析は面白いと思いました。
芝居のカリスマ演出家のための殺人。かつて『猫目石』で同じテーマを使っているが、それとの違いは、カリスマの為というより、カリスマと共に生きる自分たちの大切な「世界」のための殺人、自分たちが生きた若く瑞々しいそれだけで光り輝いて見える「青の時代」を守るための殺人ということだ。それは現在のカルト宗教が起こす事件を思い起こさせる。自分たちの正しさを信じ、自分たちに従わないもの、それを壊そうとするものを憎み激しく攻撃するところがだ。盲信は思考の自由さを奪い、理性をも退ける。端から見たら、何でそんなことをと思うようなことを当の本人達はそれ以外道がないと言うほどに思いつめていく。自分たちの生きた「世界」も「時代」もそれが素晴らしければ素晴らしいだけ何よりも代えがたい。それは彼らにとって「永遠」なはずのものだ。でも、どんなにすばらしくても、大切にしいても、いつかは崩れ去ってしまうのだ。あるいは、だからこそ美しいといえるかもしれない。貴重なものは失いたくないし、失いかけていたら取り戻したいと思う。でも「時の流れ」は無慈悲にそれを奪っていく。
「あの時」の友達は、いつだって懐かしく思うものだ。できればそこに帰っていきたい、帰ってもう一度彼らに会いたいと思う。でも作中でも言っているように、きっと会わないほうが良いだろう。それは「あの時」の友達は、「あの時」にしか存在しない友達だからだ。「あの時」の流れにいてこそ、その友達は何よりも貴重で代えがたい。きっと代えがたいのはその友達ではなく「あの時」なのだ。「あの時」は決して帰ってこない。だからこそ、限りなく美しく、果てしなく悲しい。割れてしまったボヘミアンガラスのように。今、友達だけが帰ってきても、それは「あの時」の友達ではない。時の流れが、友達から、そして自分から、「あの時」を奪ってしまっている。
あれはあのとき、
あの季節だけの狂熱だったのだから――花村恵麻