★ネタバレ感想★


黒い仏
BLACK BUDDHA

殊能将之


<あらすじ>

九世紀、天台僧が唐から持ち帰ろうとした秘宝。その秘宝を探し出すため、助手アントニオと共に九州の安蘭寺へとやって来た名探偵・石動戯作。その寺には顔が削られた黒い仏が本尊として祭られていた。一方、指紋一つない部屋で殺された身元不明の男の事件を追っていた刑事・中村と今田は、唯一の目撃証言から、安蘭寺とつながりの深い黒い数珠をした女性を追っていた。


<感想>

 デビュー作『ハサミ男』はトリッキィな作品だったけど、本作はさらにトリッキィ。というか、ミステリィですらない、気がする(笑)。ミステリィでまさかクトゥール神話が出てくるとは!! しかもミステリィの要素や味付けとしてクトゥール神話が出てくるわけではなく、むしろそちらの方が本筋で、伝奇・ファンタジーの中にミステリィ的要素が入って――というか名探偵が出てくる「だけ」という(笑)。

 本作の目的は、ミステリィの「脱」構造かな?
ミステリィがいかに様式美というルールによって成り立っている物語です。――探偵の言うことはすべてが事実であり、犯人はうそをつかず、すべてが合理によって説明できる世界――そんないわばお約束のような大前提によってなりたっているのがミステリィという世界観。それを支えるのが「名探偵」という存在です。ミステリィとは、謎という闇に満ちた世界を名探偵の推理が明らかにしていく物語です。彼の言が暗闇の世界をクリアにしていくわけで、名探偵とはその世界の中心にいて世界を支えているような、まるで世界そのもののようなそんな存在。

 しかし――名探偵の推理が本当に事実なのか?

 名探偵の描いて見せた推理は、たしかにすべてが腑に落ちて聞いた人は登場人物も読者も膝を打つ。――ただそれがとても綺麗で見事な楼閣であっても、実は蜃気楼に過ぎないのではないかだろうか?
 ミステリィにおいては世界そのものであったはずの名探偵という存在が、実はもっと大きな世界のごくごく一部でしかなく、その背後に大きなものが隠されているとしたら――ミステリィという世界は名探偵の推理というより空想が生んだ名探偵だけの真実なのではないか――本作はそんな問いかも知れません。だとしたら、ミステリィ世界とは名探偵こそが作っているともいえるわけです。――伝奇的荒唐無稽な事実を余所に、ミステリィとしての理知的な空想が名探偵の真実として収束してしまったわけですから。

 そしてさらにいえば、それは「本格ミステリィファン」にとっても言えることかもしれません。「本格」かどうかだけがミステリィ作品のすべてであるような狭い見地――もちろん個人が何が好きで何が嫌いだろうがもちろん勝手なわけだけど、ミステリであることだけが物語のすべてであるような狭窄は確かにあるとおもいます。――まあそれはミステリィに限らずマニアと呼ばれている人たちはみんなそうですけど。 でもやっぱり自分たち見ているものだけがすべてではないんだ、ということは心のすみにでも留めておいたほうが良いとおもいます。――そのほうがきっとジャンルは広がります。狭いジャンルというのはやはり閉塞して、濃くはなっても、いずれ消えて行ってしまうからね。

 

 「ねえ、大将……こんな風に考えてみたら、どうですか。実は事件の真相は、大将の推理とはまったく違ったものだった。それがなぜ、大将の推理どおりに決着したかというと、犯人の側が大将の推理にそって、証言や証拠をでっち上げたからである。いかがです?」

――アントニオ


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