★ネタバレ感想★


ブギーポップは笑わない
Boogiepop and Others

上遠野浩平 


 学園に潜む「人を食らうもの」マンティコアとの戦いにまつわる事件。ほとんどの人々はそれを知らない。それに直接間接関わった高校生たちが何を感じ何と戦ったのかを?彼の前に現れて泡のように消えた「不気味な泡――ブギーポップ」を。第4回ゲーム小説大賞、「大賞」受賞作。


 青春モノ、なんだろうと思う。高校生の雰囲気が良く出ている。作品を漂うのは世界と自分と距離を置き、自分ではどうにもならない「やるせなさ」。すべてが終わり、もう取り返しがつかなくなってしまった後に語られることによる「せつなさ」。でも、本当は何かしなくてはならないと感じていて、それなのに何をするべきか分からない「もどかしさ」。雰囲気は「もの悲しい」のに、読後、確かに感じる「希望」。そんな様々な感情が次々浮かんでくる。――泡のように。

 1つの事件を異なった視点で見せる手法は面白いと思う。様々な視点から眺めることで複雑な全体像を浮き彫りにする。いや事件そのものは単純で、それを複雑にしているのはそれを見ている人々だ。彼らは自分が抱えている様々な苦悩を付加して事件を眺める。確かな事実を彼らのフィルタを通すことで彼らなりの真実に変えていく。実は、事件そのものよりも彼ら自身――彼らがどう感じ、どう変わっていくかを描くことが目的なのだ。

 彼らは事件の中心にはいない。いつも彼らは――いやそれを読むボクたちも――カヤの外で、世界は自分たちとは関係ないところで始まり終わってしまう。だからこの世には夢も希望もない。そんな風に突き放して世界を見てしまう。自分たちにはどうしようもないと。でもブギーポップは言う。それと戦うのは君たち自身なんだ、と。

 ブギーポップには夢がないという。彼は世界を救うためだけに現れた存在だから。彼は宮下藤花の「押し付けられた可能性」が生み出したのだという。藤花のというより登場する高校生たち――そしてきっとボクたちの可能性なのだろうと思う。何も出来ない無力な自分ではなく、世界すら救える力を持った存在。だから彼には夢がない。目的の為の彼は手段だから。夢を見るのはブギーポップの主体であるボクらだ。でもボクらは夢を見られない。

 ブギーポップは笑わない。笑えないのではなく、自らの意志で笑わないのかも知れない。笑えないのはむしろボクらだ。世界に夢も希望も感じられず、だからと言って何をするのでもないボクら。ブギーポップがボクらの可能性というのなら、ボクらもブギーポップの可能性だ。ボクらは笑わない彼に代わって、笑わなくてはいけないのに。

 ブギーポップが現れることで、ボクらはカヤの外と感じていた世界を一瞬、感じる。それとはっきりと自覚しなくても、それでも「何か」を感じる。必死に世界と戦おうとしているものを見て感じる感情。それこそブギーポップがボクらの心に残していったものだ。それはきっと、夢を見ようとする力。――夢を見るために戦う力だろう。

 ブギーポップとはそんな「泡」だ。ボクらの心に一瞬現れて水面を波立たせて消えてしまうそんな泡。

 ボクらは彼の代わりに笑える時がくるのだろうか?

 

 

「仕方ないんだ。ぼくはそれだけのものなんだから。危機が去れば消える。泡のようにね」

 ――ブギーポップ


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