★ネタバレ感想★


ブギーポップ・リターンズ
VSイマジネーター Part1、Part2

Boogiepop Returns
VS Imaginator PartT"SIGN" & PartU"PARADE"

上遠野浩平


 谷口正樹は不良学生たちに絡まれているところを織機絢によって助けられた。正樹は絢に誘われてブギーポップに扮し街の悪党を倒しつづけるが……。人の心を操り世界を変えようと企む「イマジネーター」とブギーポップを探し始末しようとする<統和機構>の合成人間スプーキー・E。目的のは違うが共に「洗脳」という能力を持った二人により、街には自分の意志を持たない与えられた使命にだけ忠実な人々が溢れていく。


ブギーポップシリーズ第二弾。前作も面白かったし群像劇という手法的に見所があってて良かったけど、そのためか描写の面で若書きで表面をなぞっているだけで「軽い」という感じが否めなかった。けど今作は2分冊であったからかたっぷりと描写してあるし、群像劇的な要素もなくはないけどそれよりも1本芯の入ったストーリー展開で物語としての完成度は前作よりも上だと思う。前作も思ったけど「ブギーポップ」というのは狂言まわし。ミステリィでいったら遅れてきた名探偵みたいなもので事件を解決するけど、物語を作るのは彼じゃない。今作で物語を作っているのはもちろん谷口正樹と織機絢。「BOY MEETS GIRL」――少年と少女の出遭いの物語です。使命のために少年を利用しその呵責といつしか気づいた少年へ恋心に苦しむ少女と利用されていると知りながらそれでも恋を貫く少年との甘く切ないラブストーリー。思春期の若者の心の葛藤とあいまって甘く切ない物語を作り上げていたと思う。二人の苦悩――愛しているのに別れを告げなくちゃいけないその少女の切なさ、別れを告げられてもそれでも少女のもとへ走る少年の渇望、何より二人の恋の初々しさがとても素敵でした。それにハッピィエンドだしね。

 テーマは「突破」。あるいは「変革」かな。俗にいう青春時代は苦悩の時間だと思う。自分を振り返ってみるにいつも何かに悩み苦しんでいた気がする。その苦悩の大部分は焦燥から来ているのではないだろうか?――自分がこの世に生を受けた意味を探していた。自分が生きているのには何か意味があるはずだと。自分にしかできない自分にならやれる何か特別なことがあるはずだと。まるで欠けた心を補うように「何かをしなくてはいけない」といつも思い込んでいた気がする。しかしその「何か」が分からずに必死になってもがいていたのだ。青春時代という限られた時間は容赦なくすぎていくのに、「何かをしろ」という裡なる焦燥は募るのに、その何かが見つからない。だから苦しかったんだと思う。――もしかして大人になるということは、その「何か」とは結局「なんでもないのだ」と知ることなのかもしれない。現実が、世界が、僕らのそんな焦燥を削り取りスポイルしていく。思っているほど自分は特別な人間ではない。何も出来ないし何もする必要がないのだといつしか知らされる。

 イマジネーターがしようとしたことは世界を「突破」することだった。飛鳥井仁はその「突破」を人々との持つ焦燥や苦しみを取り除くことで越えようとした。人々の欠けた心をお互いに補って一つの意志体となり誤解も焦燥も苦悩もない世界へと変革しようとしたのだ。――しかしそれは正しいことなのだろうか?一つの意志に纏まるとは聞こえが良いけど、ようするに与えられたひとつ価値観に支配されると言うことだ。全体の考えが自分の考えとなりしかもその意志を刷り込まれ疑問を持つこともない。それは確かに焦燥も苦悩もないだろう。すべてを与えられて考える必要がないのだから。それはもしかしたらイジメや自殺・戦争すらない理想社会なのかもしれない。しかしそこには自分がいない。自分の意志や思考を奪われる代わりの平穏だとしたら、それは違うと思うのだ。

 イマジネーターがしようと「変革」は本当は日常の中にありふれたことなんだと思う。僕らはいつの間にか色々な常識や社会通例に縛られている。自分の意志で選んだつもりでもそれはどこからか与えられた物かもしれないのだ。いや自分のオリジナルのものなどないと言ってもいいくらいなのかもしれない。それくらい「世界」は僕ら支配している。

 未真和子がこう言っている。「ブギーポップはそのためにいるんだと思う。落ち着かない心を、落ち着かないまま守ってくれるためにね」。ある意味ブギーポップは冷たい。苦しめと言っているのだ。でも僕たちは苦しみもがきながら考えるのだ。「何かをしなければ」と。「何か自分にしかできない特別があるはずだ」と。青く若い考えだろう。でもブギーポップはそれを守っている。それは苦しいけれど、結局何も出来ないままいつしか世界に飲まれ消えてしまうものなのかもしれないけど、でも誰からも与えれたものではない、こころからの葛藤、自分自身の意志なのだ。僕たちがVSイマジネーターになるためには――「世界」と戦うためにはその意志こそが必要だ。イマジネーターが目指した変革――4月に降る雪を本当はブギーポップも待っているのではないか。ただ与えられた変革に意味はないと思っているのではないだろうか。なぜならボギーポップは「落ち着かない心を、落ち着かないまま守ってくれる」存在だから。それがいかに良いものであろうと与えられれば「可能性」をつぶしていることになるからだ。

 与えれた奇跡なら僕らも要らない。苦悩の果てにつかんだ奇跡こそが僕らが探した「何か」なのだから。

 

 

 でも、たしかに“なれる“気がしたんだ。君に言われたときには――君と一緒だったら――

――谷口正樹


戻る