★ネタバレ感想★
魔剣天翔
森博嗣
練無の憧れの先輩・関根杏奈の所属するアクロバットチーム「エンジェル・マヌーヴァ」が演技する航空ショーにやってきた紅子とその仲間たち。しかしアクロバットの演技中にパイロットが背中を撃たれ死んだ。しかもそのパイロットは二人乗りの飛行機の後部座席に座っていたのだ。Vシリーズ第5弾。
Vシリーズ第5弾。空飛ぶ飛行機の中で後ろから撃たれたパイロット。この宝石箱のような魅力的な謎については色々考えがあったんだけどね。
そうそう脅迫状に込められた「各務亜樹良」の文字。行ごとの最後の文字を一字戻して逆から読むと見えます。これは遊び……。
練無が泣き出すところは見物でした。それにしこさんが抱きしめてあやすところも。この二人上手く言って欲しいなあって思いますけどどうなんでしょう。ただそれもシリーズが終る頃、この二人なんだか良い雰囲気になったねというのが望ましいです。――まあこれは個人的な意見。
しこさんは自分の知らない練無や保呂草さんに戸惑い腹を立てたりしていました。この気持ちはなんだか判ります。自分にとっては大事なコミュニティなのに他のメンバーには他のメンバーの生活がある。そんな当たり前なことなのにいざ突きつけられると、なんだか裏切られた気分になります。しかもそんな感情が自分でも理不尽なものだと分かっているから、はっきりとも怒れずなんだか複雑な気分になっていく。自分が思っていたのと違うその人を感じるとやはり置いて行かれた気分になるものです。そこに人間関係の幻想があるんでしょうね。でも、本来、他人のことなんて分かるわけがない。自分のことだって知れたものではないんだから。
人間関係って芸術品を鑑賞するようなものでしかないのかもしれません。作品を通してしかその作者の「形」を知ることは出来ない。正確には想像するわけですが。人間関係も同じで、そこにある見える「形」を通じてしかその中身を理解することはできないと思います。練無も、杏奈を絵も見るように見ていたのかもしれません。美しい絵を見て心惹かれるように、練無は杏奈の「形」の中の洗練された輝きに惹かれたんでしょう。でも、それは練無の中の解釈でしかないわけです。それが悪いというわけではなく、見つけ出されたその解釈は練無にとってはとても価値がある。だからそれを超えてしまうのが、壊れてしまうのが恐かったんでしょう。でも、たとえそれが壊れてしまっても、きっと練無はちらばったガラスの破片を拾い集めて、また前へ進むでしょう。
「美しさ」とはある目的のために形を極限まで洗練させる「意志」にあるようです。
たしかに、飛行機の形が美しいとは、ふたばは思いません。ただその形に込められた人の「飛びたい」という意志――そのためにいかにその形が研ぎ澄まされていったのかを思うとき、その意志を美しいと思います。飛行機の飛んでいる姿を美しいと思うのは、それがその意志の実現された形、だからかも知れませんね。
飛行機がその形を飛ぶために洗練していったように、人も目的のために自分自身を洗練させていくのかもしれません。その人がそういう形――言い返れば「生き様」でしょうか――をしているのは、それがその目的の為にかなっているからでしょう。自分の形を研ぎ澄まし洗練していく行為、それが「生きる」ということでしょうか。でも、人は完全に洗練させることはできません。完全なものは揺らがない。完全を目指しながらも吹く風に揺らぐのが人です。本来は。
関根朔太として生き続けた女性を保呂草さんが恐れたのは、彼女の形が完全だったからでしょう。彼女の意志が何ものに揺るがせられないのは彼女の形が完成したから。墓標に刻まれた文字のように。もう動かせない。完全さとは本来、神か悪魔の属性です。ありえるはずのないもの、それを保呂草さんは見てだから戦慄したのでしょう。揺るぎない完全な意志――形。そんな人生に触れることはナイフの切っ先ように恐ろしいのでしょうね。
紅子さんも、あるいはそれに近いものがあるのかもしれません。その女性とは逆に、完全に「定まらない」――そのような「形」に完全に研ぎ澄まされている。最後に保呂草さんに微笑む紅子さん。きっと、その一瞬だけは好意。次の瞬間にはそれは全く消えうせてしまう。だから「逃してはならないもの」だし、「その形を目指して」いるのでしょう。
彼女は微笑む。
その一瞬の形こそ、
逃してはならないもの。
――保呂草潤平