★ネタバレ感想★


女王の百年密室
GOD SAVE THE QUEEN

森博嗣

 


 女王が統治する神に祝福された楽園・ルナティックシティ。外界から隔絶された理想郷に迷い込んだ僕サエバ・ミチルとパートナのウォーカロン・ロイディ。そこで起きた起こるはずのない殺人事件。密室状態の女王の塔で王子が殺されたのだ。しかし街の人々は殺人の存在を認めようとしない。疑問に思うのはミチルだけ。


 今作のテーマは「人間の尊厳」だと思う。それは人間を人間足らしめるもの。生きることが人間の条件ではない。ルナティックシティの人々は楽園に生きるアダムとイブのように満ち足りて何の心配もすることはない。彼らには何かをしたいという強烈な欲望がない。不自由ではないから。彼らは考えない。素晴らしい生活が保証されているから。でもそんな彼らは人間だろうか?彼らは生きている。でも人間だろうか?話すこと、歩くこと、それが人間の条件ならロイディだって人間だ。ミチルは実は肉体を失っていた。この世界では肉体があることが人間の条件でもない。肉体があってもクジ・アキラは存在しない。では人間って何だろう?人間の尊厳はどこにある?
 それはきっと「意志」だ。何かをしたいという強烈な「欲望」。分からないことを何故と考える「思考」。ミチルには肉体がない。でも彼はそこに存在している。彼は考え、復讐に身を焦がす。その意志こそ人間の尊厳。ルナティックシティの神・マイカ・ジュクはミチルに言う。「君は我々のうちの一人」と。我々とはつまり人間のことだろう。何かをしようという欲望を持ち、何故と唱える思考を持つ。それらの意志を持つ存在が人間だ。

 自由とは何か?
 ミチルが復讐を誓っていたのは奪われたものを取りかえすため。それがミチルの原動力意志だった。でも復讐を遂げたミチルは何かを取り戻せたのか。パートナのアキラは帰ってこない。彼に肉体も。もし帰ってきたものがあるとすればそれはミチルの心の自由だろうか。意志は人間の原動力となるが同時に束縛にもなる。そうしようと思うまでは自由かもしれないが、そう思った瞬間から、そうしなくてはいけないという束縛に変わる。すべてを失ったミチルの復讐の意志は彼のすべてだったといって良い。でも心はそれに囚われて自由ではなかった。実は束縛されることは力になるのだ。束縛から抜け出そうと人間はあがくから。あがくことで人間は前に進む。でもその不自由さが人間を前に進める。知恵の実を食べて神に楽園を追われたアダムとイブの嘆き。不自由さを補おうとする人間の欲望。それらの意志は人間の原動力となりえる。意志が人間を成長させ、文明を発達させた。楽園にいたアダムとイブは満ち足りていた。心は何ものにも囚われず自由だった。でも彼らは成長はしなかっただろう。完全なものは進歩しない。ならば心の自由と人間であることはもしかしたら対極な存在なのかもしれない。では自由とは何か。人間を人間足らしめる意志――欲望と思考を捨てて何かの操り人形になる――たとえば神の――ことで、初めて自由と感じる事ができるのかもしれない。自由を得る為に新たな束縛を受けるとは皮肉な話である。苦しくなければ束縛されても自由と感じる。考えないことは楽だ。欲望を抱かなければ嫉妬や執着もない。
 自由とは人間から自由になること。
 神の人形になるなら、人間としての苦しみは消えるのだから。

 神とは何か?
 一神教の神はよく信徒の信仰を試す。でも試さなければ分からないのではそれは神と言えるのだろうかと思っていた。でもこの物語のようにそれは神の実験なんだと思えば納得できる。つまり神とは絶対的存在ではなく、実験主任、あるいはシステム管理者でしかない。人間そのもの。神が人間を作って楽園に住まわせたように、人間が世界を作りその世界の神になる実験。ルナティックシティはそんな人間の意志によって作られた。ものを作り出すことは本来は神の能力。でもいまは人間の意志の力だ。その世界に住まわせられるのは人間ではなくて生きている人形。意志を持たないモノは生きていようと人間とは言えない。

 この街を作った人間の――つまり神の意志とは何か?
 初めは延命だったのかもしれない。でもそのうちにこの街は女王を縛りつけるための装置になったのではないか。神の愛する女王を閉じ込めるための密室。100年それは続けられた。
 女王とは神の寵愛する最も純粋な人形。
 神は女王を世俗の意志から守り続けた。
 そもそも神とは自分の所有物に隷属を求めるもの。意志を持ったものは楽園を追われる。意志は神1人の属性で、他の意志を神は酷く嫌う。この街で起こった殺人も王子が持った欲望が女王を汚すのを嫌った神の仕業だった。
「GOD SAVE THE QUEEN」――このことばがすべてだ。女王を護るための殺人、女王を護るための街。
それが『女王の百年密室』。

 

ただ……
目覚めたときには、
新しい彼女になっていることを、
僕は祈った。
寂しいことや、
悲しいことが、
全部凍りついて、
楽しい夢だけが見られるように、
僕は祈った
さようなら、デボウ・スホ。


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