★ネタバレ感想★


ハサミ男
SCISSOR MAN

殊能将之

 


 ハサミ男の3番目の犠牲者になるはずだった少女・樽宮由紀子は、ハサミ男の犠牲になる寸前に他の誰かに殺されていた。ハサミ男と全く同じ手口で。興味引かれたハサミ男は真犯人を捜すために由紀子の周りを探り始めた。


 「ショルダーバッグ」という記述で「ハサミ男」、実は女ではないか?と気がついてしまった。そう思って読み進めていくと「わたし」の記述の時はハサミ男の名前も性別も出てこないし、もうひとりの発見者を不審なデブな男にしたりと明らかにミスリードしているこちに気付く。だが、それで話が面白くなくなってしまったかと言うとそんなことはなく、それどころか作者がそれをどう隠そうとしているかが垣間見えてそれが新たな楽しみとなった。ミステリィの面白さはトリックが解明された時にもたらされる衝撃がすべてではない。オチがわかった事で最後の衝撃は薄まってしまったが、途中はむしろそのほうが面白かったと思う。

 ふたばが捉えたテーマは「幻想」。人は理解できないものに恐怖を感じる。それを克服するために、理由のないものにまで理屈をつけて理解したと思いこもうする人間の幻想。
 「ハサミ男」というネーミングからして、名前をつけることで姿が見えない存在に形を与えて安心したいという人間の幻想だ(それがトリックへと繋がるわけだが)。人は思いこみたい動物だし、見たいようにしかモノを見ない。世間の人々のハサミ男への幻想、3番目の犠牲者・樽宮由紀子に対する人々の幻想、彼女へのハサミ男の幻想、そしてハサミ男のハサミ男への幻想――どれも、その人にとってはそれが真実だが実は幻想だ。本当はそこに何もない。

 なぜ他人の事を理解できるのか?自分の事すら分からないのに。分かった気がするだけだ。分かったと思いたいだけだ。なぜなら分からないのは恐いから。
 だから人間は、分かり合えるという夢を見る――見たいのだ

 なぜハサミ男が頭の良い女の子を殺すのか?
 ふたばはそれを自殺と考えた。自殺未遂を繰り返すが死ねないハサミ男が自分に似た女の子を殺す。つまり自分を殺しているのだ。自分を殺そうとする理由は最後に出てきた医師である父親との関係にあり、そしてハサミ男の中の「医師」という人格はその父親からの投影(反発するが、結局、言いなりになる)であろう――と思うのだが、これもふたばの幻想だろう。

 理由なんてないのだ、きっと。

 

なにもない。
わたしの内側は、からっぽだ。
そして、わたしの外側も、からっぽだった。
ふたつの異なるからっぽがある。
その境目がわたしだった。

――ハサミ男


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