★ネタバレ感想★
本当は知らない
高里椎奈
「退屈凌ぎではない、映画のような人生を」というメッセージを見てネット上より姿を消した人たち。病院より失踪した人たち。そして実際に起こる連続猟奇殺人事件。――薬屋たちの周囲で起こる3つの事件は同じ根から出ているのか?薬屋探偵妖綺談シリーズ第7弾。
薬屋探偵妖綺談シリーズ第7弾。
3つの事件が絡みもつれながら展開するというミステリィファンとしては垂涎の展開、そして前作『白兎が歌った蜃気楼』が思いがけず本格ミステリィであったこともあいまって、今回も当然のように本格ミステリィであると思いこんで読んでいると――犯人が実は「妖怪」であった、と思いっきり騙されてしまうのでした(笑)。うーん、もしかしてアンチミステリィ?このシリーズのファンであればあるほど騙されるというメタミステリィでしょうか(笑)。そもそも忘れていました。今シリーズはミステリィという形を(いちおうは)とっていますが、「キャラクター小説」なのだと。キャラクターたちの成長を描くことこそ今シリーズの主眼なのね(笑)。まあ誰が犯人かというミステリィではなくて、3つの事件が――かかわりがあるのは当然として――どうかかわりがあるのか、何を目的として起こったのか?という部分が今作のミステリィなのでしょうね。ネット上に階層を作り、先へ進めたという優越感と罪を告白していくという罪悪感によって次第に人を縛り上げる新興宗教の仕組みはとても秀逸なアイデアだと思いましたね。この謎が明かされたときゾクゾクしました。
ネットワーク上の新興宗教を作り上げた犯人(?)である瑪地護と薬屋さんや彼らの仲間たちとの対比に注目。瑪地護は心の病とはいえ、結局はそれを理由に、自分の弱さを見つめることを止め、自分で考えることも止め、他人もそして自分すらも切り捨てた世界にひきこもってしまいました――傷つかないために。
それに対比するように存在しているのが、薬屋さんや彼らの周囲にいる人たち。彼らもまた完璧な人間ではありません。過ち罪を犯した人すらもいます。でも彼らは瑪地護とは違い、自ら苦しむことを止めません。苦しみながら、自分の醜さを見つめ、弱点を認め、それをどうにか克服しようとあがいています。それはとても苦しいことだし絶えられないです。傷ついた自分をさらに自分を傷つけることです。でも自分の罪・弱さを認めなければ、その傷は消えないんですね。――だから彼らは少しづつではあっても進んでいる、成長しているんです。薬屋さんたちを中心にいつのまにか不思議な人間(?)関係の輪ができているも、彼らが前へ進んでいる証拠。進まなければ変化はありません。また他人を排しての成長もない。他者がいてこそ自分が見えるのだから。
結局、神も悪魔も、人間の依存する心によって存在しうるのですね。自分の意思を放棄し他に委ねる精神にこそ、神と悪魔はあらわれるのでしょう。なぜ自分を捨てるのか?それは自分見つめたくないから。自分の中の醜い部分や罪を認めたくないから。そして傷つきたくないから。――あるいは自分の罪を押し付けるために自ら神や悪魔を作るのかもしれません。押し付けられる神や悪魔も、良い面の皮ですね(笑)。
「君が相手の心に触れていない、見ようとしていないだけだ。人間は傀儡じゃない。人間を操り人形にしているのは
君自身だ」――高遠三次