★ネタバレ感想★
ガレイドスコープ島
《あかずの扉》研究会竹取島へ霧舎巧
ユイの友人に誘われて八丈島沖に浮かぶ竹取島と月島を訪れた「≪あかずの扉≫研究会」の一行。支配者の月島と支配されえる側の竹取島という古い因習を引きずるこの島で月島五家の座と月島の財宝を巡り殺人劇が始まった。彼らは島に隠された≪あかずの扉≫を開くことができるのか?《あかずの扉》研究会シリーズ第2弾。
世間とは切り離された地域――島で起こる連続殺人事件。『獄門島』が本歌だそうです。そう言われると島の古い因習がもとで起こる殺人を思い浮かべますね。島中が家族みたいな隔離された世界。でも実はそれがミスリードなのかもしれません。前作同様ミステリィマニアの為のミステリィではあるけど、殺人事件が起こるつど変化展開していく状況があたかも万華鏡を除いているかのようで面白かったです。ただ盛り沢山過ぎて散漫な印象はありました。筋が一本通っていないというか。でもそれがまたガレイドスコープっぽくはあります。犯人の場当たり的な身勝手さ物語を散文的にしているのでしょう。さらに一人称の主人公カケルくんがミステリィマニアというのが事件を複雑にしています。この「1聞いて10知ったつもりになる」のために事件はミスリード複雑怪奇です。
名前のトリックが面白いと思いました。ふたばが知らないだけかもしれませんが新しい気がする。日本人の名前は当て字があるし読むことが非常に難しい。同じ表記でも読み方が違ったり、同じ音でも表記が違ったりと誰でも1度くらいはそんなシーンに遭遇したことあるでしょう。こういう混同は日本独特のものかもしれません。考えてみれば本歌の『獄門島』にも名前ではないですが「キチガイじゃあ仕方がない」という「ことばの聞き違い」に関するトリック(?)が出てきたしそういう意味じゃ『獄門島』の後継者といって良いかもしれませんね。今作の秀逸なところはさらにレパートリーがあるところでしょうか。とくに名前に使える漢字使えない漢字によってその人の年齢がおよそ分かるとか漢字自体もパーツ分けされているから繋げて書くと混同しやすいとかはなかなか目の付け所が秀逸だと思いました。
不満があるとすれば読んでいて情景が浮かんでこないことでしょうか。たぶん風景の描写が少ないからでしょう。何となく書き割りを前にして演じているようで、世界に広がりが感じられません。それと前作もそう思いましたが名探偵・後藤悟の顔が見えないことが不満です。どうもふたばにはかれの個性が感じられません。まわりからも頼りにされているし結構目立っているはずなのに、どうしても彼のキャラが掴めない。これはふたばの読み方が悪いのでしょうか? 他のキャラが特異過ぎる分だけに彼の印象のなさがより目立ちます。存在感はあるのに印象がない。あるいはそういうキャラを狙っているのでしょうか。そもそもふたばにとって名探偵とは、たとえ他の何を忘れても彼の印象だけはいつまでも残る、そういう存在だと思っているので余計そう思うのかもしれません。
今作を読んでふたばは「思い込み・固定観念は可能性を否定する」ということを感じました。この事件を隠す謎はほぼすべて思い込みです。そう言われたから、そう伝わっているから、当然そうだろうと思えるから、だから彼らにとってはそういうことになっている。隔離された村と言えば村長が村人から搾取している様子が浮かぶでしょう。でも実は逆で村長たちのおかげで島中が潤っている。この島に伝わる伝説もそもそも自分たちの支配の正当性の為に作ったもの。この囲いの中に火口があるといわれれば見てもいないのにあると思いこむ。そもそも視点のカケルが思いこみの塊みたいな奴なので、読者は彼の思考にどうしても引きずられてしまう。思い込みとは同じところからしか見ていないから起こるんだと思います。一方からしかモノを見ないでは同じ模様しか見えません。でももし違った角度から眺めてみたらそこに全く違った形が見えるかもしれません。「恐子」さんだって、後藤さん天敵と言われあだ名でその字を当てはめられていると聞けばそしてその素っ気無くぶっきらぼうな態度を見れば、どんなに腹黒くあくどい人かと思えてしまいます。でも回すことで中の模様を変える万華鏡のように、最後には彼女がそう言う人間ではないかもしれないと思えるでしょう。
「初めは≪締まっていた扉≫も、列の途中辺りからは≪開いている扉≫に変わってしまう。つまり伝説が生まれ、根づく過程というのはこういうことなんだ。〜<中略>〜実は十五人目から≪開いている扉≫になったのに、最後尾の人は一人目から≪開いている扉≫だったと勘違いしてしまう。彼らの後から単発でやってくる人間は、今度は最初から≪開いている扉≫なのだから、当然疑うことはない」
――後藤悟