★ネタバレ感想★


黄金色の夢

西澤保彦


<あらすじ>

 中学時代――吹奏楽部にいた「僕」。3年生の「アルトサックス」の盗難から始まった「事件」。大学時代に級友の天才ミュージシャンが死体でそのアルトサックスとともに廃校で見つかることになる。「僕」には手に入らないすべてを手に入れた青年の惨劇。「僕」たちが陥る「青春の罠」とは――!?


<感想>

おそらく西澤保彦センセイの自伝的作品。もちろんすべてがそうだというのではないだろうけど、部分的には私的なことに触れていると思う。そう言う意味ではミステリィというより私小説と言って良いかもしれない。人称も「僕」で名前も出てこないし。
 ふたばが読んだ西澤作品の中ではこの作品がベストだと思う。――というより、1番主人公に感情移入が深かった。『依存』も衝撃が強かった作品で印象は強いけど、シリーズモノであるし、何より『依存』でふたばが触れた業はふたばの知らない感情だったの対して、今作はふたば自身の奥底に隠された感情に触れたという感じだからだ。そう――今作の主人公とふたばは「想い」が重なっている。ふたばが思ってもいなかった――いや漠然とは感じていながら目をつぶっていたことが今作を読むことで浮き彫りになった感じだ。

 今作のテーマは「青春の欺瞞」だろう。「青春」というクサイ言葉を定義するとしたらそれは「自分は何でも出来る」「何にでもなれる」と信じている時代といえるだろう。しかしそんなことを無邪気に信じていられるのはほんのわずかな間だけだ。すぐに解る事になる。――自分には何の才能もないんだ、と。でも若いうちはそんな事は絶対に認められない。――認めたくないのだ。そこで都合の悪い事からは目をつぶりこう思うのだ――「自分を認めようとしない周りが悪いんだ」と。他人が持っているものを羨み、本来自分が持っていたものを不当に搾取されたと恨む。そして自分の努力の足りなさを他人のせいにして、結局そこから逃げ出してしまう。
 ――嫉妬、責任転嫁、そして欺瞞。そういう誰もが陥りそうな「青春の罠」。それを描くことこそ今作の主眼だろう。10代というのは多かれ少なかれこんな感情きっと誰もが持っている。自分が無力で有ることをみとめること――それが大人になることなのかもしれないとも思う。主人公に名前がないことも最初何かミステリィ的なオチがあってのことかと思っていたのだが、でもそう考えると納得がいく。主人公=自分なのだ。だからあえて名前をつけなかった。必要なかったから。ミステリィとしてもそう考えるとどこにすべての原因があるのか解ろうというものだ。すべては自分の中にあった。自分すら騙す欺瞞。自分が持っていないものへの羨望――そして嫉妬。そんな誰もが持っている小さな悪意が人の生命をそして主人公のその後の人生の屈託のなさすら奪ってしまった。――でも、これを悪意と呼べるかのだろうか?

 ふたばもこの作品の主人公と同じように、「何か」になりたかった。華やかなスポットライトを浴びる「主人公」になりたかった。そうなることでふたばという存在を認めてもらいたかったのだ。――成功して脚光を浴びる自分を想像することで悦にいっていた。――その為の努力もろくにしないのに。
 ――その想いを、ふたばは今だ引きずっている。主人公と同じように。いつか――「何か」になれるのではないか?この世の中に自分を輝かせてくれる「何か」がきっとある――そう信じている。「そんなものあるわけない」――そう解っていながら、そんな夢の残滓に今だにしがみ付いている。だから――この物語がふたばの心にずしりと響いた。この物語の主人公はふたば自身だ――いやこの主人公の方がまだ前向きなくらいだ。

 そもそも「何か」になりたいと思ってそれを目指すのなんて本末転倒なのだ。「作家になりたい」「演奏者になりたい」「女性に認められたい」――そう思うことがきっと間違っている。作家になりたいから物語を書くではない。書きたい物語がある――だから結果として作家になるのだ。吹きたい音楽がある、トランペットで演奏することが好きで溜まらない――だから演奏者になる、大好きな女性がいる――だから結果としてその女性個人に認められる。そんな裡から溢れ出る欲求があってこそ人は結果として「何か」になるのである。作家になった主人公。しかし彼が本当に書きたかった物語は1つしかなかったのかもしれない。だから彼は作家としての動機がなくなってそこから逃げ出そうとしているのかも。それだけではなくて、彼には動機がなかったのだ、すべてのことに対して。ただ脚光を浴びたい、主人公になりたい――そんな若さゆえの肥大した自意識が持つ夢物語だけあるだけで。彼の中には自分を表現する為の裡なる欲求は何もなかった。だからこそ彼は何事も中途半端だったし、中途半端であることを他人のせいにしてそこから逃げ出していったのだ。

 今だふたばは「何か」になりたいと思う――その想いに囚われている。でも主人公の周りの成功していった人たちは「何か」になりたかったわけではなかった。フルートに憧れて結果画家になった人、オーボエの才能を開花して世界的な演奏者になった人、仕事の合間に趣味で演奏をしている人。皆ふたばや主人公から見れば黄金色に輝いている。彼らを見つめているとクラクラする。彼らは自分の心に素直に従って「そうしたかったから」心の裡を表現しただけなのだ――自分なりの方法で。

 

追い求めていたものは……
黄金色の夢。
スポットライトの中で、光の残像を振りまく黄金色のトランペット……


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