★ネタバレ感想★


身も心も
――伊集院大介のアドリブ――

栗本薫


<あらすじ>

 「『ボディ&ソウル』を演奏するな」天才サックス奏者・矢代俊一の元に届いた不可解な脅迫状曲名は変わるものの、ライブ前になると必ず舞い込む脅迫状に、矢代はついに警告を無視してその曲を演奏する。――その時……。伊集院大介シリーズ。


<感想>

 伊集院大介シリーズ。本作は矢代俊一の<再生>の物語。矢代俊一と人物は栗本薫の別のシリーズに登場するキャラクタらしいのですが、そちらは読んだことはないので良く分りません。だけど、そのシリーズを読んでいる人はきっと今回の物語の骨子――矢代俊一の再生の物語という部分が良く分かるだろうし、感動も一塩なのではないでしょうか。音楽の女神に愛されているキャラクタというと、ふたば的には『グインサーガ』のマリウスを思い出しますが――そういえば似ていますね。音楽に関してはすごいんだけど、他の部分ではなんか情けない精神的に女性的なキャラ。マリウスの方が、もっと世慣れしてはいるけどね。ミステリィ的には……すごいよ、暗号だよ(笑)。暗号のあるミステリィいって、久し振りに見た気が(笑)。久し振りにこのシリーズもミステリィなんだと思えた気分(笑)。

 ファンがアーチストの変質を許さなず、いつまでも同じことを求めるという部分が本作ではかなりクローズアップされていたと思うのですが、これはもう栗本薫自身の体験に基づいた部分でしょうね。栗本薫自身も矢代俊一のように一つのところには留まれない、常に代わっていくアーチストだし。その変化をファンに色々言われて、いやな気分を味わったというようなことを、HPやグインのあとガキなどで一時書いていましたし。

 転がる石に苔むさず――というのがファンの心理なら、ライク・ア・ローリング・ストーン――というのがアーチストの心理だと思います。
 ファン――というか見る側というのとにかくジャンルを区切りたいもので、それから少しでも外れるとそれは違うと否定したくなるようです。それは自分が好きなものを見つけやすくする為の保守的な作業なのですが、それは自分が作ることができない見ることしかできない存在だからだと思います。見るしかない側としては、自分の好きなものから外れれば、それを自分の好きなものではない否定するしかない。それをどんなすごいアーチストが作っても、見る側にとってそれに快感を感じなければそれは何の価値のないもの。だから見る側は一度好きになったものをいつだって「変わらないで」と願っているわけです。自分では作れないから、自分の快感と違うものを見つけることはなかなか難しい。ファンにとっては自分の快感が第一。もちろん同じ刺激では、快感は薄れていくわけだから、より深く深化していくのが理想。石が動かず苔むして、作品がどんどん深化して自分の快感がどんどん深くなって行くのが理想。

 ――でもアーチスト――作る側は、そうは考えない。

 同じことを続けてそれを成熟させていくというのも一つの考え方ですけど、同じことを続けていくことは作業でしかないし、それが自分の作品を深化させるための行為だとしたら、それは修行というべきものでしょう。より深化させるという方向は修行僧のような自己を痛めつける精神性がないとなかなか難しいものです。修行というのは己を矯正していくことで、己を消して真理に辿りつく行為なのです。伝統芸能とはそういうところがあって、修行によって自己を消して芸を「受け継いでいく」。変わらないことに価値があるという芸術も確かにあります。
 でも何かを作る者――アーチストというのは基本的にはというのは、自分を外にさらけ出し形にすること――己を色々な形にして表現することなんだと思います。己を外に出して表現するなんて、見る者を意識した俗っぽい行為で、それは本当の芸術ではないと思う人もいるかもしれません。芸術家にとって、他者は関係なくただ己の芸術を追求するのみ――という海原雄山のような芸術家もいるでしょう。けどそういう人だって、ただ自己を追求するだけでは芸術にはなならい。芸術というのはそこからさらにそれを外へ吐き出して、形にする行為。形にしたものを人に見せようが見せまいが、評価を気にしようが気にしまいが――どうであれやはり芸術とは己を外へ出す行為なのですね。そして人は大きくあれ小さくあれ、生きている限り変わっていく。人は変わっていくからには、作るものも変化していくのは当然。でもその変わっていく作品も全部が作る者にとっては自分なのです。変わっていく自分が好きであれ、嫌いであれ。変化していく自分だって、それも自分。作られる作品が、喜びに満ちていようが、悲しみに満ちていようが、やはりそれは自分。――ライク・ア・ローリングストーン。転がる石のように。

 

「こいつは、ときたま、神がおりてくる。そうなると、こいつは人間じゃなくなる。だがそいつは、人間にはとてもしんどい、絶えられないことなんだ。――天才である、というのはそういうことなんだよ。<中略>おれはいつも思う。ああ、こいつは、この世界で、一番幸せで、そして一番可哀想なやつなんだな、ってさ」

――金井恭平


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