★ネタバレ感想★


工学部・水柿助教授の日常
Ordinary of Dr. Mizukaki

森博嗣


 M大学工学部建築学科助教授・水柿君とその妻・須摩子さん。後にミステリィ作家になる彼が日常出くわす素敵な不思議。Mシリーズ。


第一話
ブルマもハンバーガも居酒屋の梅干で消えた鞄と博士たち
 
最初の話だけあって1番(一般的な)ミステリィといえるだろう。もっとそれは比較の問題で、他の四話と比べたらいうことに過ぎないのだが。大げさなトリックが出てくる本格ミステリィではなくて、工学部助教授・水柿君の身近にある様々な不思議な出来事を取り上げようというのがこのシリーズの趣旨。さらにその不思議さが集まって本格ミステリィに対するアンチテーゼとなっているのがミソだ。そしてこの話のミソは「本当のミステリィには、オチがない」ということなのである。ミステリィとは謎のことであり、それがどうして魅力的なのかと言えば、それが「不思議」だからだ。呼んでもない店員がくる謎や消えた鞄の謎より、床に散らばった梅干の種の謎や消えたハンバーガの謎のほうが魅力的なのは、その謎を聞いた時のインパクトが強い――つまり不思議さが大きいからだ。もちろんと謎解きを聞いて納得するのは前者である。小品ながらなかなか気の聞いたトリックだと思う。でもその謎を聞いた時の驚きは小さい。この話の中で1番のミステリィが「水柿君がミステリィ作家になった」という部分なのは1番意外性が大きいかったからだ。森センセイと姿が重なる水柿君なので、読書である僕らにはピンとこないことだけれど、実際に周りいた水柿君を良く知っていた人たちにとってはビックリ仰天(笑)。ミステリィのミの字も知らないような彼から突然ミステリィ作家になったと何の前触れもなしに聞かされたら、それはメガトン級な驚き――不思議さだっただろう。「何で君が?」。もちろん理由は分からない。何か説明されても納得できるかどうか。本格ミステリィのように筋の通ったオチがない。でもその意外さ、不思議さは本格以上。まさにミステリィである。

第二話
ミステリィ・サークルもコンクリート試験体も
海の藻屑と消えた笑えない津市の史的指摘

 この話のテーマは「事実は小説より奇なり」。現実に起こりうることを小説――ミステリィでは突飛過ぎて使えないというのには何だかとてつもない皮肉を感じますね。つまりミステリィというのは数学の問題と変わらないということでしょうか。ミステリィとは一部が隠されたものの道筋」であり「一面を隠すことでどんなことでもミステリィになる」という考えはとても面白いですね。「どんなことでも」――つまり現実にだってミステリィ――不思議はたくさんあるということです。いや現実の方がずっと飛躍するんだから衝撃はずっと大きい。最後の最大級の物理トリックも意外さ120%。探偵が関係者を集めて謎解きをしているところへ見知らぬ男がやってきて「私がやりました」というくらいの破壊力です。

第三話
試験にまつわる封印その他もろもろを今さら蒸し返す
行為の意義に関する事例報告および考察
(「これでも小説か」の疑問を抱きつつ)

 タイトル通り、はたしてこれってミステリィなのか?いやそれどころかはたしてこれって小説なの?一応、水柿君という架空のキャラを配してはいるけど、フィクションの名を借りたノンフィクション――森博嗣助教授の日常――つまり実はエッセイなのではないか?という疑問がなきにしもあらず。テストを受けたことがない人はいないだろうから――もちろん好きだという人もいないだろう――ついウンウンとうなずいてしまう。それにしても世の中変わった奴が多いものだ。国語力が国語の授業では身につかないというのは確かにそうだ。国語の教師がその道の権威でないというのも。国語力はおそらく書くことでしか身につかない。しかし国語の授業で文章を書くことなど稀だ。お義理のように夏休みの読書感想があるくらい。それにある作品の解釈を授業で教師が教えるというのも実は信じられないことだ。感想は個人もの。答えが1つだなんて誰が決めたんだろう?答えがない学問それが文学ではないか――そう考えるふたば君であった(笑)。クイズではなくミステリィが好きだという須摩子さんの意見は全く同感。これはすごいトリックが出てくる本格ミステリィより、すごいトリックが出てこない本作のほうが僕はずっと好きだということの所以である。最も数学的間違いがわからないくらいだから、もしかしたらすごいトリックが隠されているのに気がつかないだけかもしれない。

第四話
若き水柿君の悩みとかよりも客観的なノスタルジィ
あるいは今さら理解するビニル袋の望遠だよ
 
水柿君の恋愛秘話(笑)。――もうどんどんミステリィから遠ざかっている気がしないでもない。それでもミステリィ=不思議だとするならこれも立派なミステリィなのだ(きっとそうだ)。もちろんこの話のミステリィは水柿君と須摩子さんがなぜ結婚したのか?というところである。当然、本物のミステリィだからオチはなし。当人同士だってわかっていないんだから。現実の中ではやはり気になる相手が1番ミステリィな存在、ということかな?よく「相手のことを知り尽くした」とか「ツーカーの間柄」とかお互いのことを知り尽くした仲を美化した風にいうけど、あるいは水柿君たちのようにいつまでも「なんだこいつ?良く分からん」と思えたほうが実は新鮮で面白いのかも。

第五話
世界食べ歩きとか世界不思議発見とか
ボルトと机と上履きでゴー(タイトル短くしてくれって言われちゃった)

 かきおろし。あとがきである。以上終わり(笑)。と言うのは冗談だが、やはりあとがきのように全体を総括している気がする。この話のテーマは「意味のないこと」だろう。そしてそれがこの本全体のテーマなのだと思う。この本を読んで、エッセイのようだと思った。水柿君――作家・森博嗣の徒然な日常だと。それはミステリィではない。ミステリィとしては意味のないことだと。その通りだった。この本には意味がない。ミステリィでは――とくに本格ミステリィでは人の言動にはすべて意味がある。すべての事柄は謎解きにつながっている。だから、地の文でウソを書いてはいけないとかいうルールがあるわけだ。でも人は常に意味のあることをするとは限らない。と言うか意味のないことのほうが多い。僕らは何事にも意味を見出したいと思う。けれどそっとしておいた方が良いこともあるのだ。タネが分かってしまえば手品はもう手品ではない。手際の鮮やかさに感心することはあるだろう。でも手品を見て不思議だと思うその素敵な感情は、もうなくなってしまうのだ。

――それが不思議だと思う。その判断こそが最も不思議である

自分はなぜそれを不思議だと思うのだろう?どうして不思議なことに興味が引かれるのだろう?理由を探ることに意味はない。理由を知らないほうが、意味のないほうが、不思議のままの方が、ずっと楽しい。水柿君も須摩子さんも僕らにとっては、とても不思議なヘンな人だ。だからこの話はミステリィ。彼らを理解できるときは永遠にこない。いいさ、不思議のままにしておこう。不思議なままの方が面白い。――それは永遠の謎のままだ。

 

――こういったときの人間の頭脳の素早さといったら、
ボルト五千本や上履き四百足よりも、ずっと奇跡的だ。
運動方程式、テンソル、パラメータ、シミュレーション。
世の中には、
もっともっと素敵な不思議がある


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