★ネタバレ感想★


工学部・水柿助教授の逡巡
The Hesitation of Dr. Mizukaki

森博嗣


 M大学工学部建築学科助教授・水柿君とその妻・須摩子さん。ふとした切っ掛けでついにミステリを書き始めた水柿くん。ミステリおよびミステリィ業界その周辺のあまりに違う常識に戸惑う水柿くんの素敵な不思議。Mシリーズ。


 Mシリーズ第2弾。思えば前作『――日常』の面白さとは、僕たちとは馴染みの薄い大学助教授という職業にあり、さらにちょっぴり普通とは異なった性格と思考を持つ、水柿くんの日常の不可思議さが垣間見ることの面白さであったと思う。ところがミステリィ作家となった水柿くんは今度は自分が異邦人。展開としては、未知の世界に迷い込んでしまった水柿君の戸惑い逡巡が描かれていく――日がいないと思ったのだけどさにやあらん。ところがところが、どんな時でもマイペースな水柿くんのマイペースさをみくびっていました(笑)。作家になろうが、お金持ちになろうが、いつも通りだが大学へいって研究を続け、生活だってほとんどいつも通り。戸惑い逡巡するほどミステリィ界と付き合いがないのでした(笑)。それでもせめてもと書き記された不可思議エピソードは、実は森博嗣の逸話としてすでに紹介済みで、コアなファン的には新味がない。しかもその数は少ないので、どうでも良いことをだらだらと書き連ねて、グダグダ感強し。タイトルの『逡巡』とはこの調子でいって良いのかという森博嗣の逡巡であるのかもしれないのです!(きっと違う)。
 最もこのグダグダ感も、なれれば溜まらないんだけどね。――諦めが付くから(笑)。

第一話
「まだ続くのか?」

「命ある限り(高笑)」的な
悪ふざけからいかにしてミステリに
手を染めたのか着メロを鳴らす
 
水柿くんミステリィを書き始めるの巻。
この話をかりにミステリィだとすると『水戸黄門』『男はつらいよ』がトリックで、ミステリィを書くくだりはシリーズの伏線か?(笑)。共通するテーマ(があるとしたら)、「物には理由がある」ということだろう。たとえそれがいかに小さなことでも(笑)。それと、ミステリィファンにとっては、物理トリックの方が優れているとみられるのかと初めて知りました(それとも須摩子さんだけ?)。個人的には物理トリックって、大掛かりになれば大掛かりになるほど「ふーんそれで?」と冷淡な反応になります。たとえば絶対に進入不可能な密室を、どんな鍵でも明けられる万能キーで開けました、とかいわれたらどうか? それよりも、押しても引いても開かない扉を、実は持ち上げ式だったと言われるほうが、ふたばにとっては斬新で面白いと思う。もちろん物理トリックにだって、すごいと思うものはあるけど、そういうものもふたばから見たら、自分では考えもしない視点から見ることで、真相が判るという部分が面白い。ようは「発想の転換」で、そこがミステリィとしての刺激だと思うのだけど。――それがいかにバカバカしいことだってね(笑)。
 先に書いたけど、ミステリィ作家になっていく水柿くんの逸話は、森博嗣の逸話としてすでにあちこちで紹介されているもので、森博嗣のコアなファンほど新鮮味がない。そんな人たちだけを対象としては、もちろん書かかれてはいないだろうけど、でも実はその逸話が少しずつ森博嗣のものとは、ずれていって、最終的に水柿くんが宇宙人と戦う宇宙戦士になっていったりしたら、これは心理トリックといえるだろうか?

第二話
いよいよやってきた人生の転機を

能天気に乗り越えるやいなや
ラットのごとく駆けだして
だからそれは脱兎でしょうが
 水柿くん本が出版されることになるの巻。
 第4作目として書かれた『F』がどうして1作目として発表されたのかの謎が、ついにあきらかに!?――って、つまり段々上手くなっているから(それとこれ以上は切りがないから)ってことでしょうかね(笑)。『コスプレ殺人事件』は良いね。バカバカしい発想の転換が(笑)。これは心理トリック?物理トリック?(笑)。スーパーマン、ウルトラマン、スペクトルマン、ガッチャマン、パーマンの事件は物理トリックだね(感心せず)。物語の視点の話は、その昔『中島梓の小説道場』で詳しい解説を読んだことあり。でもミステリィではそこまで徹底して書かれているとは。正直、そんなに細かいことまで意識してりせずに本を読んでいるんだけど。……ミステリィほどルールにウルサイ小説はないというところ。公式審判員が必要かもね(笑)。

第三話
小説家として世界に羽ばたく
といって本当に羽ばたいていたら
変な人になってしまう
この不思議な業界の提供でお送りします

 水柿くん本が売れて金持ちになるの巻。
 お金はなければないで、あればあれで、いろいろ苦労があるようで。――1度ある方の苦労をしてみたい。本話では、作家というのがいかに特殊な職業か、その中でもミステリィというのがいかに独特なジャンルかが描かれている。もっとも作家の特殊性については、水柿くんも森博嗣も大学助教授――つまりサラリーマンであるので、伝聞程度。作家になった水柿くん自身がビックリしている。――もっとも水柿くんも森博嗣も作家として特殊には違いないだろう。もう一方の、ミステリィが物語というものの王道から大きく外れていることについては多いに頷けるところ。とくにコアなミステリィファンが望み評価するミステリィは、物語性を否定したところにあるらしい。彼らにとってミステリィとは、自分の想像の範疇から半歩出ていて納得できる理由を持って解き明かされる謎そのものだ。でもパズルではダメらしいからよく分らない。須摩子さんによればリアリティが重要らしいけど。現実という架空が必要なようだ。――そうそうメタ・ミステリィとうのがどういうものが初めて分りました。
 物語ほど自分の中では簡単にできて他人に披露するのが難しいものはないそうだ。それに関して、いろいろな作品から妄想した物語(?)が公開されているが、ふたばも、そういうことはよくやる。ふたばならこうするのになーとか考えるのは結構楽しい、ただやはり派生でしかないので、公開はできないのね。オリジナリティと、レベルの問題でしょうか。それ以外にもとても公表できないような妄想物語は、ふたばの中にはたくさんあるぞ!。

第四話
サインコサインタンジェント
マッドサイエンティストサンタクロース
コモエスタアカサカサントワマミー
 
水柿くん、初めてのサイン会の巻。
 
確かにサイン会ってファンにとっては楽しいイベントだろうけど、作者にとっては疲れるばかりで楽しいものではないのだろう。お金にもならない――のかな? 本当は主催者側から幾らかでてるのでは?(それでも割には合わないのか)。
 
誰だって自分の関心のある分野には熱心だろう。それはミステリィファンばかりではない。水柿くんだって、模型の話なら熱心に聞くに違いない。つまり価値観の相違。普通はミステリィ作家とは、ミステリィが大好きだった人が、こうじて作家になる場合が多いと思う。だからコアなファンの気持ちも分る。自分自身が一番のコアなファンだったのだから。でも水柿くんはそうではない。そうではない人がミステリィを書いて当ててしまった。だからミステリィファンの気持ちは分りにくい。その読者とのズレこそが、すなわち水柿君の、引いては森博嗣という作家の価値かもしれない。
 でなければ、ミステリィが作者と読者の対等に知力で戦う一種のクイズ――ではなく、作者と読者のコミュニケーションだ、などとは言えないだろう。
 ところで水柿くんが作家になってから、須摩子さんの嫉妬が激しい(これまでが無関心過ぎたか)。――これはもしかしたら何かかの前振り(笑)

 

第五話
たまには短いタイトルにしたいと
昨日から寝ないで考えているうちに
面白い夢を見てしまった。
ああ、そろそろ秋だなあ。
そこで一句。短めに
タイトルつけたら秋かもね。

 ……えっと何だ? 水柿くん海外に取材旅行へ行くの巻?(半分は妄想による)
 『逡巡』では、この話の最後のシークエンスが一番好きだ、一番まともな(つまり普通の)小説だからね(笑)。

 作家になり見知らぬ世界へ飛び込んでさらに生活が激変したはずの水柿くんと須摩子さん。――ところが二人は変わらないらない。相変わらず、水柿くんは大学の研究を続け模型を作り、須摩子さんは昼寝とミステリィをいそしむ日々。物質的にはたしかに豊かになったけど、だからと言って急にアクティブになり突然今まで興味も持たなかったことを始めたりする事もない。お金が入って性格が激変したり、今まで隠れていたイヤな性質が現れてくることもない。二人は変わらないまま。

 豊かさとは何か? 幸せとは何か? と言うことをちょっと考える。
 助手時代は、研究できれば幸せだった水柿くん。助教授になり、研究する時間は減り、いやなことは増え、金銭的には豊かにはなった。
 お金を手に入れることが幸せか? 幸せだろう少なくとも世間的にはそうだ。水柿くんと須摩子さんにとっても、物質的な豊かさは幸せの一つ。でも――水柿くんにとって何よりも大切だった研究する時間はどんどん減っている。
 幸せをお金にかえているし、だからその変わりとしてとしてお金で買える幸せをせめても買っている。
 お金が幸せの尺度ではなくて、
 本当は、自分が好きなこと満足できることをやれることが幸せなんだと思う。

 もちろん変わらないと言いつつも、二人も少しづつ変わっている。年をとり立場も変わり、すべてが「良い」と思える時代はもうこないと知っている。
 それでも世間の尺度に振りまわされず、何が大切なことなのなのかきちんと知って、自分たちの尺度をもちつづけることで――まあいい感じかなくらいの幸せを、二人は手にしているのだ。

 

まあ、いろいろあるけれど、
何が大切なのかさえ忘れなければ、きっと大丈夫だろう。
ため息をつき、もう一度空を見上げる
箸を刺すまでもなく、空も、
いい感じだった。


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