★ネタバレ感想★


魍魎の匣

京極夏彦


 柚木加菜子は線路に転落して瀕死の重傷を負い、誘拐の予告状まで届いた。木場修太郎刑事は憧れの映画女優であり加菜子の姉である柚木陽子と出会い心引かれ、管轄外にもかかわらず加菜子の警護に参加。しかし生死の境にいる加菜子は忽然と姿を消した。バラバラ殺人、御筥様を名乗る新興宗教の事件と結びついて複雑な様相を呈する怪事件。京極堂・中禅寺秋彦が祓い落とす「魍魎」とは何なのか。


 恐い話だ。一見、幾つもの事件が関係ありそうでありながら別々の事件であり、しかし最後には京極堂の憑物落としによって1つの話へと収束していく。まるで様々な形をしたいくつものパーツが1つの匣へと隙間なくきっちり収められた、という感じだ。「手足を切断され匣に入れられた少女」というイメージは恐いけれど、それでいてどこか強く惹きつけられる。関口巽が見たいという衝動に駆られたのも分かるというものだ。森博嗣氏が『ミステリィ工作室』の中で自作の『笑わない数学者』と『魍魎の匣』が似ていると述べていたが、それは内と外の概念が反転している部分が似ているんだろうか?久保は匣の中にいると思わせておいて、実は久保という匣の中にいた、という部分が。

 魍魎とはなんだろう?京極堂の説明によれば、魍魎とは「境界」であり「人を惑わすモノ」であり「形はあっても中身はない。何をするのでもない。惑うのは人」だそうである。
 今巻で起こった5つの事件はそれぞれ別の事件でありながら、実は1つのことで繋がっている。美馬坂幸四郎である。事件に関わったすべての人を惑わしたのは美馬坂だった。しかし彼が直接に惑わしたわけではない。彼は何もしなかった。しかし、彼の存在が、研究が、それに触れた人を惑わしたのである。
 ならば美馬坂幸四郎は魍魎ではないか。

 美馬坂自身にとっては、科学こそが魍魎だった。それに惑わされて、その果てに科学という匣の中に何か希望があると信じたのだろう。結果、美馬坂は科学という「箱に肉薄し過ぎて、箱そのものになってしまった」。美馬坂に関わったすべて人はその匣の中に自分の暗黒を見た。匣に罪悪感はない。そこに存在するだけである。それを見ている人が勝手に惑うのだ。

 では、匣とは何か?

 ――匣がある。人はその匣を見てその中身を想像し、惹かれたり恐れたりする。しかし、実際にその匣の中にはその人が見たものはない。匣という境界を通して人は実際とは違う自分が望む中身を見る。それは、匣が見ている人を惑わしているともいえるだろ。
 ならば匣もまた魍魎ではないか。
 中と外を分ける境界であり、見るものを惑わす匣=魍魎。

 関口巽は匣の中の久保竣公がどうしても見たくなった。匣が関口を誘ったのである。境界にいて人を誘うという魍魎のように。しかし、匣の蓋が開かれ中身が見えた時、夢は覚めた。そして関口は云う。

 

箱の中身はこんなものだったのか。

――関口巽


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