★ネタバレ感想★
七回死んだ男
西澤保彦
<あらすじ>
9回、時間が反復する――突然起こるその現象を唯一認識できる久太郎。疎遠になっていた富豪の祖父の家で時間の反復が起こり始めた。しかも最初に起こったことを繰り返そうとする力が働くはずなのに第1週とは違い祖父が殺されたのだ。なんとかそれを回避しようと試みる久太郎。でもどうしても祖父は殺されてしまう。どうすれば祖父の死を回避できるのだろうか?「スパ・ナチュラ・シリーズ」
<感想>
とても「可笑しい」話。そして「可愛い」話
「同じ日を繰り返す」という設定が最高に面白い――という訳ではない。いや面白いのは面白いが、実はあとがきで西澤センセイも例を上げている通り、わりとよく聞く設定なのである。ふたばが読んでいて最高と感じたところは他にある。
わりとよくある設定の中で今作の新しさとは何かと考えるとそれは「繰り返す回数が最初から決まっている」というところだろう。こういう設定の場合、最初は主人公(同じ日を繰り返す人)は面白がっていたとしても、段々飽き飽きしてきて永久に繰り返される(かもしれない)という不安から最終的にはやるせなさや物悲しさ、切なさに繋がっていくものだと思う。ところが今作はどう贔屓目に見ても悲壮感はつきまとわない。最初から何回繰り返されるかわかっていて抜け出せるわけだからだ。それなら時間が刻々と迫る中で祖父を助けなければいけないという「サスペンス」になるはずなのに、そんな切羽詰った感じもない(なくはないが)少ない。どうしても助ける事が出来ない祖父に「ここまでして助ける必要がある人か」と投げやりに考えたりするくらいなのである。
今作でふたばが最高に面白いところはこれが喜劇だというところである。可笑しいのである。いくらでも感動巨編やサスペンスに出来る設定でこれほどコミカルな作品になる、これこそが西澤ミステリィの持ち味だろうと思う。どういうオチをつけるのかというミステリィ的興味もなくはないが(実際ミステリィとしてのオチは最高にインパクトがあるのだが)、むしろその場その場の「可笑し味」――コミカルさが最高なのだ。苦労して道筋を変えても結局死んでしまう祖父。老成しきった態度なのに意外にうっかりモノの久太郎(階段から落ちて死んだり、隠そうと思っていた胡蝶蘭の花瓶を隠し忘れたり)。久太郎が何度も繰り返し見ているために分かってくる登場人物の内面滑稽さ――その中でも最高に笑ったのが全員で乱闘になってしまうシーンだろう。取り繕っていた仮面が全部引っ剥がされバカみたいな乱闘をする。陰惨にはずのシーンでここまでコミカルに暖かく描いていくのが西澤ミステリィの魅力だろう。
SF的設定やコミカルさばかりが西澤ミステリィの魅力ではない。「可愛らしさ」も西澤ミステリィの最大の魅力である。ふたばがいう可愛らしさとはラブであり、それも綺麗な中学生レベルの子供みたいな純愛。もちろん今作で最も可愛らしいところは久太郎と友理の恋物語である。謎解きのキーになるシーンは「久太郎」の呼び名のくだりでそれは時間反復のためにリセットされたはずだった。しかし友理はそれを覚えていた。なぜか?――という風に最後の謎解きのシーンになるわけだが、それが同時に久太郎が友理への愛を告白したシーンだったというのが最高に綺麗だし可愛いと思う。それに最後の謎解きシーンについても、文庫版で北上次郎さん書かれている名探偵による最後の謎解きの不自然さ回避しているSF的設定うんぬんという話以上に、この謎解きのシーンが友理からの愛の告白シーンでもあるということのほうが重要だと思う。それは最高の可愛らしさなのである。よくこんな可愛い話をよく思いついたものだと感心するばかり。
そう言われるのが西澤先生は好きではないようだが、「西澤ミステリィの代表作」といわれるのが分かる一冊だろう。
「本当に心の底からあなたの話を信じているとそう信じていただけますか?
あなたの話を信じているからこそあなたの疑問をあたしが解明できたのだと?」
――友理絵美