★ネタバレ感想★


夏の夜会

西澤保彦

 


<あらすじ>

 小学生のころの友人の結婚式で30年ぶりに懐かしい顔と再開した見元。昔話に花が咲くが、ふとしたきっかけで小学校時代、旧校舎で起きた殺人事件が思い出す。学校中から嫌われていた鬼ババ教師の殺人――そんな重大事件を忘れていた一同。あいまいな記憶を頼りに辿りつく真実とは?


<感想>

 作者の言によれば、これは「錯誤」のミステリイだそうだ。本来ミステリイにおいては真相へ至るための絶対条件であるはずの人々の記憶――それがいかにあいまいで都合よく改竄されていくのかという物語。物語の構成は、あいまいな記憶を掘り起こしながら推理を続けるというひたすら地味でメリハリのない物なのに、現れては消える彼らの記憶と推理が下手に劇的な出来事が起こるよりもずっと物語に意外性と衝撃を与えている。

 一つの出来事――事実に対して、人々の受け取りかたはさまざまだ。同じ事実なのに受け取った人の立場によっては、全く正反対に意味をもつ場合もある。それを知ったニュースソースの主観がまずはいるし、受け取った人の感情によってもゆがめられる。記憶も個人の脳の中にあるものだ。脳の中にある限り、その個人の主観が混入し時間と共に変質するし、想像と事実の区別すらあいまいになっていく。むしろ人の脳の中に事実などはなく、実は事実を元にしたその人のフィクションでしかないのかもしれない。――でもそれが真実というものだ。真実とは個人のものであり、それは常に錯誤に満ちている。――この物語の最後に見元と早紀は一つの真実に辿りつくのだけど、実はそれすら定かではないのだ。彼らの記憶のみがその真実に辿りついた唯一の証左で物的証拠は何一つないのだ(時計すら、あるはずの場所になかった)。――彼らが思い出した記憶が事実であるとどうしていえるのだろうか?それは彼らにとって都合が良いものだといえないのだろうか?――しかし何が事実であるのかは二人にとってはあまり意味がないのかも知れない。2人にとって前提条件があやふやな事件の事実などどうでも良い。大事なのはそれによって彼らが実は長年縛られていたということだろう。――もう四十なのに今だ定まらぬ生き方をしている2人は、今だ小学生のころの夏を引きずっているかのようだ。彼らは真実に辿りつくことでその夏を解き放ったのだと思う。事実がどこにあろうと、夜会は終わった。――支配は終わり、出発の朝を迎える。

 

 

人間の記憶とは極めて曖昧な代物であるらしい


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