★ネタバレ感想★
リヴァイアサン
大塚英志
<あらすじ>
世紀末が過ぎても滅びなかった東京。終末をそのまま引きずる東京で、妖しげな出来事が頻発し始める。修医として勤めている福山さつきはその事件に巻き込まれるが、彼女を助ける為に、国連軍に参加して4人の中と共に行方不明になったの元恋人・三溝耕平が、共に行方不明となった4人の身体を持って現れた。
<感想>
たとえ描写や扱われる素材がおぞましかろうとも、この物語はメルヘンだし、愛の物語だと思う。
#1
鏡に半身を写して一つの身体に見せてもその人とは違って見えるように、体を二つに分けて2人の人間を作ったところで、その人とは違う2人の人間が出来るだけだ。バランスの取れていない二つが一つになって初めてその人が出来あがる。だったら5人の身体から出来ている耕平は、本当に耕平なのだろうか。
#2
無垢とは純粋という意味ではなく感情を感じないという意味だろうか。そんな瞳に見つめられるのは恐怖に違いない。なぜならそこに自分の感情の深淵を写し見るから。それが奇形種の目玉でも、天使の瞳でも。
#3
本来、子供の独立心を促す空想の友達が、引きこもりを起こしてしまう。なぜならその友達は空想で結局自分なので、裏切らず自愛に満ち包み込んでくれる、完全な母親のような存在だからだ。――それが取り上げられる時、人はその痛みで大人になれるのだろうか。
#4
人は自分の子孫を残したいという衝動を本能的に持っている。それは自分の遺伝子を後世に伝えたいということだが、だとしたらそれを命じる本能とはもしかしたら遺伝子にあるのかもしれない。
#5
異界へ赴いて死に触れることで逆の生を確認してし現実へと帰還する――という成長物語の基本だけど、実は異界のほうが現実で現実だと思ったほうが異界だとしたら、一体どうしたものだろうか? そこに赴いて見つめた死が現実で、戻って来て実感した生が幻だとしたら、――それは成長だろうか停滞だろうか? そもそも現実も夢もその人の認識の違いでしかないのではない。――いま生きている世界が、現実だとどうしていえるのか? 現実を見つめて恐怖に打ち勝ち、夢を終える。――でも誰もがそうできるわけではない。
これは終わらない世界での取り残された人々の、そこから脱出しようとして脱出できない人々の物語。もはや脱出しようとしてあがくこと自体が彼らの存在意義みたいに。
誰だってあんまり本当のことは知りたくないものだ。いつかは知らなくてはならないとしてももう少し先送りにあたしはしたかったのだ。
まるで
――福山さつき
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