★ネタバレ感想★


朽ちる散る落ちる
Rot off and drop away

森博嗣


<あらすじ>

 土井研究所の事件から一週間後。完全に閉ざされていたはずの地下からミイラ化した男の死体が発見された。一週間前の事件とどんな関わりがあるのか?そもそも紅子を土井研究所へと向かわせた数学者・小田原長春から再び示唆を受け、出向いた先で紅子が聞かされたのは地球へ帰還した宇宙船の乗組員が全員殺されていたという事件。繋がっているようで繋がらないこれらの事件にはどんな関わりがあるのか?秘密に迫る紅子を謎の男たちが襲う!!――Vシリーズ第9弾。


<感想>

 Vシリーズ第9弾。そして『六人の超音波科学者』の後編とも言うべき内容。

 前回の事件と今回地下密室で発見されたミイラ化した死体、そして宇宙密室(!)。繋がらないようで繋がっている、紅子さんや阿漕荘の面々も当事者じゃないようで当事者で、そのくせ全体像どころか見え隠れする尻尾すらはっきりとしないという不思議な雰囲気を持つ事件。『六人』に引き続き、感情的な紅子さんが見られました。へっくんが姿を消して取り乱す紅子さん。息子に対する、ごく普通の母親の感情――これは退化なのでしょうか?天才が一般人に成り下がったということでしょうか?――でも人間はその中にどんな感情だって隠し持っているものです。普通の感情の起伏を見せることで、むしろ紅子さんの特性が際立った気もします。プロローグにある「跳ぶ前にかがむ」と言うことでしょうか。

 宇宙密室が本当だったらすごかったな(笑)。――いやいや、もちろん地下密室だってある意味すごいですけどね。地下なのに墜落死というところが、もう(笑)。ちょっと赤川某氏の猫ミステリィのトリックの変形かという気がしないでもないですが(笑)。しかし死を見せ付けることで人々を恐怖に陥れることが目的のテロリストなのに、みずからの死を隠そうとするというのがちょっと面白いところ。まるで猫みたいに(笑)。密室の動機が、自らを世界から滅しすべてを封印するため、というのがちょっと新しいか。人は死を目前として、自らの存在のすべてを消してしまいたいという心境になるものなのか。しかし、それでも指輪をしていたところが完全に世界と隔絶できない人間の弱さ――あるいは特性かなという気がします。そう言えば土井博士だってそうだったし、小田原博士にしてもすべてを自らの中へ封じて黙って逝けば良いのに、土井研究所へ紅子さん差し向けてしまった。――どこかでかすかに何かを残したい、伝えたいと思ってしまうものなのでしょうかね。

 テロとは新しい価値観を築くために古い価値観を破壊する行為。そのために古い価値観側にいる多くの人々が殺されてしまう。でも、価値を必要とするのは人なのに人を――、敵対する側のとはいえ――殺さなくてはいけないというのが、器のために中身を捨てる、みたいに本末転倒。それに新しい価値を望んだ自分たちの最初の正義が、それを正当化するためにいつしか変質して悪と化すのがテロリズム。力で強引に奪い取ったものは、いつしか力で奪われるのではないかという恐怖から、いつのまにか作り上げた価値すら壊していってしまう。建設のための破壊と良く言うけど、破壊は実は破壊しか生まない。――その矛盾に気付いているのか?

 人は死ぬために生まれてきたという。生まれたときから死につづけているとも。正義も、研究のひらめきや興奮も、そして愛も、人の感情は一瞬ですぐに消え失せてしまう。人は、この最初の感情を維持しつづけるために、あるいは取り戻すために、なんとか理屈をつけて生きているのかもしれない。しかし、それは取り戻さなくては、維持しなくてはいけないものなのだろうか?むしろ維持するために、取り戻すために、他のもので補おうとすることで、その感情を歪ませ変質させてしまっているのではないだろうか。むしろ自然の流れのうちに消えてしまったほうが、逆説的ではあるけど、最初の感情が綺麗のまま残っている気すらする。

 人が死んでも残るものはその人が作り上げたもの――作品や成果。そして、そこに込められた意思。すでにその人は死に朽ちて消え果ているのに、その人が作り上げたものに、すでにないはずのその人の意思を感じる時がある。むしろ、肉体が消えてしまったほうが、その意思をかえって強く感じる。――それは感じる側の主観が見せる幻にすぎないのだろうか?でもたとえ幻想でも、それを見ること自体が受け継がれたことの証だろう。

 ――咲き誇る花も、いつか朽ち散りて、舞い落ち地へ帰る。
 これは終わりだろうか?
 地へ帰った花は腐り地は肥え、根を通り幹を駆け上がりまた花は咲く。
 ――花はまた空へ帰る。
 人の意思とは、そして生とは、
 きっとこのようなものだろう。

 

若き色に響く音もあり掠れ消え遠く逃げ逝く道の音もあり

――土井忠雄


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