★ネタバレ感想★


スコッチゲーム

西澤保彦

 


<あらすじ>

 2年前、大学進学を控えた高瀬千帆が寮へ帰ってくると同性の恋人・鞆呂木恵が殺されていた。容疑者である教師・惟道晋は奇妙なアリバイを主張する。――犯行時刻にスコッチの匂いをさせた謎の人物とすれ違った。その人物は持っていたスコッチを川に捨てビンも綺麗に洗って行った――と。次々に起こる寮生の刺殺事件。2年後、千穂は犯人を告げるために「ある人」とともに帰郷する。――タックシリーズ第4弾。


<感想>

 タックシリーズ。前作『仔羊たちの聖夜』に引き続きタカチの物語です。この2作は事件としては別々なのですがテーマ的には完全な姉妹作。前作も面白かったのですが、正直、結局誰も救われていない、何の解決していないんだなという感じで辛かった。でも今作ではそれが見事に解決されました。タカチも自分を解放できたんだ。ハッピィエンドなとてもよい感じのラストです。

 事件自体は少しアンフェアだと思わないでもないです。つまり被害者が全員間違いで殺されたというところがですが。「そんなの判るわけないじゃん」と少し思ってしまいました。ただDETECTIO2が終わった時点でタックがまとめた犯人の条件をもとに、推理すれば犯人は判りますからまあ本格ですよね。アンフェアだと思ったところまでをも前提条件とすれば良い訳ですから。惟道と肉体関係があった人物が女性だとは限らないという点がミスリード。タカチだって同性を愛していたわけだし唐突ではないですよね。

 でもこの犯人の動機――タカチへの美しさへの激しい憎悪というのが、ちょっと飛んでるというかふたばにはない発想だったので驚きました。その動機を説明している松尾庸子の「男のナルシシズム」の話で、これがなかなか変わっていて面白かった。ただそのナルシシズムが女性の美しさに対する憎悪へ向かうか?――それも殺したくなるほど――ということが話としては理解できても心情的に納得できません。うーん、ありえるのかなあ?同性に対してそういう感情を向けるというのは解ります。でも異性に対しては「あれは自分とは別物」という意識が働く気がするんだけど……。たとえば女性の美しさに対して「何で俺はこの女性に釣り合う男じゃないんだ」と自己のナルシシズムが打ちのめされるというのは解ります。ただそれが憎悪へと転化するかどうかは良く解りません。あるいは、ナルシシズムの変形であるストーカー行為の果てに相手を殺してしまうというのも解ります。でもそれは美しさに対する憎悪ではないような気がします。それは「俺がこんなに愛しているのに、何で俺を愛してくれないんだ!悪いのはあいつだ」という被害者的意識の問題ですよね。犯人は惟道――男と寝ているわけだし、実は内面的には女性で同姓に向けた羨望と憎悪だった、というのなら解るんだけど。松尾さんやタックが言うように本当にこの事件の動機が自己のナルシシズムを攻撃するのタカチの美貌への感情だとすると――ちょっとふたばには解りません。自分にはない感情ですね。そう言う価値観を持った人なのだと思うくらい。でも正直恐いです。理解できないから。理解できない物はとても恐い。実際の事件でワイドショーで犯人の生い立ちなどを細かく知らせてくれる。それは殺人の動機がを理解することで恐さを減らしたいためと思いますから。

 テーマは「執着からの解放」。タカチが恵の死にこだわり続けたのはもちろん犯人が判かっていなかったからだが、それとは別に恵との関係が自分と父親の関係の裏返しであり、実はそのものの関係でもあったからだと思う。つまりタカチがこだわっていたのは父親との関係だ。独善的な愛情の押し付け。愛情を注いでいるようで父親の中にはタカチという個人はいない。あるのは父親の所有物としてのタカチだ。その自分を否定する独善さをタカチは憎んだ。しかし憎みながらそこから抜け出せない。反発し憎みながらも、それにこだわり過ぎて自ら心をがんじがらめにしてしまっている。きっかけは父親でも、いつのまにか自分で自分を縛っているのだ。自縛することで厭うていたはずのものにいつのまにか執着している。自分でもそれに気づかずに、周りの人間――恵や谷本香澄など――にタカチは父親とまったく同じ事をしてしまっている。自分は被害者だという意識。あるいはこれは相手のためだからと相手のことを考えず自分自身を押し付ける。囚われていれば、それ以外の考えはできなくなり、いつのまにかにそれ染まっていくのも道理だろう。自分を見失っていては関係を相対化できないのだから相手は見えるはずがない。
 反発することでも、逃げることでも、その呪縛を解き放つことが出来ない。執着することで自分で自分を縛っているのだ。呪いとはそう言うものでそれにこだわっているうちは解き放たれない。その呪いから解き放たれるにはただ気づくこと。しかしそれが難しい。執着とは視野は狭く思いは深く激しい。でもタカチはそれに気づく。それに気づかせてくれたのがタックだ。同類であるタックとタカチだが、タカチが人間関係に対して頑ななのに対して、タックは自分からは近づかないけど来る者は拒まず、でも相手に離れる権利も与えるという「自由さ」がある。自分がされたくないことは相手にもしたくないとい。相手を1個の人間として尊重しているなら、相手の個を消すような自分の意志の押し付けることなどしない。何より相手を認める自己と相対化できる自由さが自分自身をも自由にする。その違いがタカチに自縛している自分を気づかせた。自分で自分に放った呪いだ。解けるのは自分しかなかった。そういう自分を認めることで。
 でもタック以外の人間が同じ役割をしても、タカチは自分を解放できなかったかもしれない。タカチにとってタックはそれほど「重い」から。だからタックだったからタカチは自分を受け入れられたのかも。

 心の自由さを取り戻したタカチが最後にタックの手を握るシーンがとても素敵。いつもと違う、優しいタカチですが、きっとこれがこれからの彼女の普通になるのかなと思います。

 

「他人の人生にまで責任が持てると思うのは、非常に傲慢な発想だ」

――タック

“呪縛"しているのは、あなたの方だとばかり思っていた。
死んでも、あなたはあたしを“解放”してくれない、と。
でも、そうじゃなかった。あなたを解放しなかったのは、あたしの方。
<中略>
 だから、ほんとうに、さよなら。恵。今度こそ。本当に……

「……きっと行くわ。あなたのところへ」

――タカチ


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