★ネタバレ感想★


聖者の行進
――伊集院大介のクリスマス――

栗本薫


<あらすじ>

 樹が20年ぶりに再会を果たした巨漢の「ドラッグクイーン」ジョーママは客がゆすられていることに悩んでいた。店自体も経営難に陥っている。トラブルの裏には重大な秘密があると直感した伊集院大介は、クリスマスで賑わう六本木の街へ向かう。


<感想>

 伊集院大介シリーズ。大好きなシリーズですが、しかしここ数作、舞台がずっと夜の六本木なのはどういうものだろうか? ふたばにはあまり興味がない舞台なのでいまいち面白味に欠けると言うことが大きいですが、1作くらいならともかくここまで続くのはちょっとどうかと。――栗本薫センセイが最近しきりに言っている「東京サーガ」というヤツでしょうか。しかし少なくともアプローチは変えるべきで、舞台が同じ夜のバーで、しかも「そう生きざるを得ない人たち」を描きつづけているというのは、やはり変わりばえせずに工夫がないといわざるを得ません。

 本作のテーマは、やはり夜の町を舞台に、同性愛者でしかもそれを商売にしている者ものたちが、年を経て振り返る自分の生と死。本当に自分の人生はこれで良かったのか、別の人生があったのではないか?という黄昏の迷い。普通でないことによりかえって反骨心を持って勢い良く前のめりに生きた青春時代。しかしそんな華やかな黄金時代が去ってしまい、落日の時を迎えて、その黄金時代を振り返る、懐かしさと寂しさ。 

 ――でもこれって特殊な例ではなくて、普通の人たちだってそうだと思う。普通の人だって、誰だって、人生の黄昏の時期を受けとめて死へ向きあっていくことは難しい。迷うのは、今が以前ほど幸せではないからだろう。過去を引きずるものは、残り時間があと僅かになって、悔いる。その中で樹さんやジョー・ママのように、どんな末路であろうと向きあっていく覚悟を決めて生きている人たちというのは、潔くカッコ良い。悔いていないわけではない、それでも過去にすがって生きるのではなく、今もその延長、自分の人生の込みだと、向きあって生きていくことは、絶対に真似できないという意味で、空に輝く星のように眩しい。特にジョー・ママの、オカマであって何も生み出せないからと<ママ・ジョーズ>という店が自分のすべてだと言いきるが潔い。生命とは違い、芸術作品とは違い、それは自分が死ねば一緒に消える存在なのだ。それは時間だ。ジョー・ママという人生こそが、生存の証明。彼が死ねば消えてしまう、泡のような印だ。

 ――と、まあ適当なこと書きましたが、年若い(?)ふたばにはさすがに分り難い感覚ではあります。このままのほほーんと生きていて良いのかなあと思うことはあるけど。「まだ若いから」で済ましています。でも年を経て、時間がなくなってからもそうはいっていられるか? そう考えるとやはり恐くなりますね。――藤島樹さんのように朽ちていくことさえ覚悟して、それでも幻の中に生きていくことが出来れば良いのだけど。

 

 私もいつかゆくだろう。私もその葬列に加わるだろう。陽気な行進。灰色の東京の町並みを、一瞬人々をぎょっとさせながら、にぎやかな影のように、まぼろしそのままに通りすぎてゆく、異次元からきてい次元元に帰るあの聖者の行進に。だから、ママをいたむこともミックを憎むこともない。私たちは、所詮ここでしか生きられないのだ。


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