★ネタバレ感想★


少年たちの密室

古処誠二


<あらすじ>

 親友の事故死。その死に疑問を持った相良優は、親友が不良グループによって自殺へおいこまれたと確信。罪を認めさせる機会を狙っていたが、そこへ東海大地震が発生。マンションの地下へその不良グループを含めた5人の高校生とその担任教師と共に閉じ込められてしまった。極限状態の中で次第に追いつめられていく少年たち。そしてついに不良グループのリーダの少年が瓦礫で頭を砕かれ死亡する。はたして事故か?殺人なのか?


<感想>

 少年犯罪や学校のあり方を問うミステリィ。犯罪を起こした少年たちは「加害者の権利」とやらを守る社会や学校に守られるが、本当に守らなければならない被害者の権利は誰が守ってくれるのか――という問題。加害者のプライバシーは守られるのに被害者のプライバシーはどんどん暴かれてしまう。これってどういうことだろう?古処誠二さんのミステリィは本格パズラでありながら、前作の国防の問題といい「社会派」の要素が強い。テーマを前面に出しすぎているきらいはあるけど、今作の教師や学校の問題は国防よりも問題が身近であるぶん問題は芯に迫ると思う。ただ、その分とてつもなく重い。しかし考えて見れば現実に起こる少年犯罪やイジメによる自殺事件の方が小説よりずっと残虐だしショッキングだ。この小説はむしろ後味は良いといっていい。――そこに希望が見えるから。

 塩澤のような教師は多いだろう。一見どんな生徒も分け隔てせず公平なのに全くシンパシイを感じない――心に響かない教師は。なぜか?それは彼らの公正は生徒たちの為ではなく「自分自身の為」のものだからだ。問題を表面化したくないという気持ちは誰にだってある。教師だから許されないということはないのかもしれない。教師だって人。サラリーマン。教師が聖職だなんていうのは青い幻想なのだろう。教育自体が幻想なのかもしれない。でもイジメのために人が死ぬ、それを保身の為に見過ごすというのは罪だ。死ぬ少年たちは道端で殴られている赤の他人ではないのだ。教師は彼ら生徒を教育することでお金を貰っている。その責任を果たせない教師は罪悪でしかない。いるべきではない。しかし本当の問題は一教師のことではない。

 「あいつらは、宮下少年を黙らせることで利害が一致していた」という一文を読んだ時すごく嫌な気分になった。そして気がついた。これはフィクションの中の塩澤という教師個人のことを言っているのではない、現実世界の教師全般のことを言っているのでもないのだ。現実世界の「学校」こそがイジメの被害者の口を封じたいと思っているということなのだ。学校にとってはイジメの被害者こそが「何もない」はずの「学校」の秩序を乱す者なのだ。秩序を乱す者は被害者だろうが排除攻撃し、秩序を守る者なら加害者だって守る。すべては自分たちを、「学校」を守るために。イジメの隠し見て見ぬふりをする「学校」という存在。「いじめられる側にも問題がある」と学校は言う。それは自分たち「学校」を問題の外に置くための、問題を加害者と被害者に限定するための詭弁でしかない。1番問題なのはイジメを隠すことで黙認しあまつさえ加害者を守ろうとすらする「学校」にこそあるはずだ。「学校」とは生徒を教育するための入れ物であるはずだ。入れ物を守るために中身を切り捨てる本末転倒さに悲しき滑稽を感じてしまう。そんな「学校」に守るべき名誉などあるのか。

 「学校」とは閉ざされた世界だ。閉ざされた世界は外部から窺い知ることが出来ないし、その世界の住人も外の世界のことを忘れる。「学校」の中で何が起ころうと教師たちや学校自体が隠してしまうし、生徒たちも自分たちの世界のルール以外に目がいかなくなってしまう。その中でどんなことが起ころうと止めるものがいなければそれが普通になってしまうのだ。特に「少年」たちは未熟で「学校」世界のすべてであり外の世界を知らない。本来、外部の世界の存在やルールを教えてくれるはずの教師自身が生徒たちを外部から隔離しているものだから、行動はどんどんエスカレートして歯止めが利かなくなるしかない。――集団心理。「赤信号みんなで渡れば恐くない」どころかそこが「赤信号」であることすら気がつかない。「学校」こそが少年たちの問題を覆い隠す「密室」なのだ。

 「学校」という密室が解かれる日が来るのだろうか?

 

悔やんでもどうにもならないこと。
出口が見えないこと。
それこそが、人間の感じる最大の苦痛――。


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