★ネタバレ感想★
屍鬼
小野不由美
<あらすじ>
村は死によって包囲されている――。樅を育て卒塔婆を作って生きてきた村。村に移築された洋館に謎の住人が移り住んだときから村に謎の死が蔓延し始める。増えつづける死者は疾病なのか、それとも……。
<感想>
読み始めた時は、読みにくい文章だと思ったが、なれてくると実は読みやすいと気づく。ただ、気になったのは、長いということ。文章自体はすらすら読めるのに、展開が遅く、特に、イライラしてくる。
上巻は、舞台になる外場という架空の村を、設定をすることに費やしていて、そこが助長で退屈と感じるのだ。むろん、長々と村の描写しているのではなく、ストーリーと絡めながら書いている。だが、だからこそ序盤の展開が遅すぎると感じた。それは、「外場」という特殊な舞台設定するのに必要なことかもしれないが、必要なこととは得てして詰らないものだ。
それと、ふたばは、キャラクターに感情移入して読むタイプなので、登場人物が多く、細切れにシーンをかえて村の様子とともに紹介されていく前半は、ひどく辛かった。誰に感情移入していいか分からないから。
下巻からは、屍鬼側の様子や心情が描かれていて、屍鬼を、単なる怪物としては書かれていない。人間の心を持っている点で、人間と同じ存在だ。
恐怖とは、見えないもの、理解できないもの、曖昧なものに感じると、ふたばは思う。つまり『屍鬼』は、ホラーではないのだ。――人間でない肉体に宿った人間の意思。これはSFでよくあるテーマだ。
屍鬼の感情は理解できる。人間が食事をするように、屍鬼も食事をする。ただそれが人間の血液なだけだ。では、人間と屍鬼の違いはなんだろう。
作中出てくるカインとアベルの話が象徴しているように、屍鬼も人間ももともと楽園から追われた、流刑者の末裔で、「外場」は、罪を犯した者の流刑地として描かれる。
そこは一見、平穏な世界だが、神の(村の)秩序にしたがって生きなければならない刑務所みたいなものだ。秩序にしたがって生きている間は、世界と調和して穏やかに生きられる。
屍鬼は生き返り人間を襲った時点で、その秩序を乱した。だから人間と同じ心を持ちながら、世界と調和して生きられない。秩序を乱した者は、その流刑地からすら、追放される。
屍鬼のリーダー・沙子は、屍鬼が神の秩序から見放された存在であることを知りながら、その外で放浪者と生きることより、秩序の中に戻りたがった。いや、神が見放したのなら、新たな秩序を自分で作り、その存在を肯定してくれる存在――屍鬼たちの神を欲した。
だから、沙子は屍鬼のコロニーを作ろうとした。呪われた存在でも、屍鬼たちは、屍鬼なりに神を最大限、敬っていたのだ。でも神は、敬う心の深さよりも、定められた祈り方に固執する。そこは楽園ではなく、流刑地だからだ。刑務所の決まりと同じだ。どれほど反省し心を入れ替えても、決まりを守らなければ、罰を受ける。
屍鬼は、秩序を逸脱した呪われた存在だ。いかに人間の心が醜かろうと、いかに屍鬼の心が美しかろうと、屍鬼は秩序の中では生きられない。人間のようには生きられない。沙子の、屍鬼のコロニーもやはり村人の反撃で無残に滅んでいく。
だが最後には、人間も神の罰を受けたのかもしれない。外場は、崩壊した。
「これが神様に見放される、ということよ……」
――沙子