★ネタバレ感想★


詩的詩的ジャック
Jack the Poetical Private

森博嗣

 


<あらすじ>

 大学の施設で起こる女子大生の連続殺人事件。現場はいずれも密室で死体の腹部にはナイフで記号がが刻まれていた。捜査で浮かんだのは、ロック歌手の結城稔。被害者と面識があり、彼の「Jack the Poetical Private」と言う曲の歌詞と状況が類似していたのだ。


<感想>

S&Mシリーズ第4弾。ミステリィを否定するミステリィと感じた。トリック(密室)自体にも執着せず、むしろ「ミステリィなら〜なのがルールだ」とおちょくったりと否定的。犀川が言う「何故、密室にしたかがトップミスティ」と言うのも分かってみれば「なんだ」くらいのものだ。それよりも『詩私ジャ』でもっともミステリィだと感じたのは、人の「感情」である。
 萌絵が『詩私ジャ』で一番悩んでいたのはこれまで執着していた密室の謎ではなく、「人がなくなるとどうして哀しくなるのか」だったり、「犀川への感情」だったり、「犯人が何故それをしたか」だったりと、自分や他人の「感情」だった。
 森作品では犯人の動機について「分かるわけがない」と否定的だけれど、実はそこに一番の関心がいっているように思える。犀川も萌絵も一番そこへ関心を向けていることが多い。もちろんすっきりした答が出ているわけではない。しかし「やっぱり……、考えちゃう」のである。

 『詩私ジャ』のテーマは(もしあるとすれば)、人の「感情」が持つ「幻想」だと思う。
 犯人がこの連続殺人を行ったのは、「研ぎ澄まされたインスピレーション」だけで生きたい――真っ白なノートに埋められた数式の綺麗なイコールのように生きたいという、犯人の中だけにある「幻想」のためだった。この感情は他人には理解できない。理解できたような気がするだけだろう。「こんな欲望が、言葉に還元できるものでしょうか?他人に説明できて、理解してもらえるくらいなら、人を殺したりしない。そうではありませんか?」。幻想とはその人「個人」だけのものだ。

 萌絵が受けた自分の知らない犀川がいることへのショックも、二人の気持ちが理解し合えているという萌絵の中だけの幻想であり、それは犀川のいうところの「甘え」である。
 なぜ人は「幻想」を抱くのか?それはその「幻想」がその人にとっては綺麗で最も価値のあるものだからだろう。「もし、そんな綺麗な生き方ができるのなら、何を犠牲にしても良い」
 それはまるで「詩」のように人を酔わせる綺麗で「個人的」な感情=「幻想」である。

 

「西之園君。底なし沼と普通の沼はどう違う?」
「そこがないか、あるかですか?」
底がない沼なんてない

――犀川創平


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