★ネタバレ感想★


早春の少年
――伊集院大介の誕生――

栗本薫


<あらすじ>

 地方都市・平野。独特の文化を残すこの田舎の町に転校してきた「自分たちとは違う少年」・伊集院大介。彼と仲良くなった及川徹は大介が見つけた猫の惨殺死体から実際のバラバラ殺人事件とかかわることになるが……。


<感想>

 伊集院大介シリーズ。伊集院大介最初の事件。前作も過去の大学時代の話だったけど大介は現在の大介と変わらないように描かれていました。不変であること、それが大介が人間の錯綜とした想いを解く「名探偵」である証だ、と思ったんですが、さすがに14歳となると話は違いますね。一言でいえば未熟。「なんでも知りたい」「なんでも知っていなければならない」――大介がそんな強い好奇心とプライドを持っていることは、シリーズを読んでいればわかります。でも彼の温和さがそれを尖がった印象には見せません。でも少年の大介は尖鋭的。もちろん後の人当たりのよい性格はあるけど、そのうちに強烈な自負心があって、それを徹の前だけとはいえ隠さずさらけ出している。大介の温和さは二次的なもので本質じゃないんですね。今回の事件も大介にとっては人を助けるためというより、自分の興味を満たし能力を示すためみたい。人が死んだことを憂いこれ以上犠牲者を出したくないと口では言っていますが、現代の伊集院さんのようにそれは心からではなくて、自分の能力しか内心では興味がないある意味少年らしい傲慢さ冷酷さを感じさせます。これから辛い経験をしていって、今の本当に心から優しい伊集院大介が出来あがるんですね。

 テーマはタイトルからわかる通り「早春」。「早春」というのは気候的には冬と同じ――むしろ寒いくらいの時期で、でも見えないけれど確かに春の訪れる準備が行われつつある――そんな季節のことと捉えました。つまり見た目には変化は見えないけれど、実際にまだ変化しているわけではないけど、でも密かに変化する準備が行われている――そんな時期です。そして、そんな季節的な「早春」という言葉が、大介と徹たちや迎える精神的な変化と重なってり、象徴していると思います。

 大介や徹たちは思春期をその1歩手前を迎えつつある。能力的にはるかに抜きん出ていて精神的にも大人びている大介ですらやはり14歳でしかない。「何か特別なものになりたい!」――自分が世界を背負っているかのように気負って空回りする、やはり14歳の少年でしかない。たとえ後の名探偵でも、14歳でしかないという時期――子供でないと叫んでも大人からは子供としか思われない、そんな「早春」の時期はあるのですね。きっと誰にでもある、早いか遅いかの違いはあっても誰にでも迎える時期なのでしょう。彼らは思春期すら迎えていない気がする。その1歩手前。変化することを意識する時期じゃないだろうか。幼虫からさなぎにすらなっていない、でもさなぎになることを自覚した時期。蕾が芽吹こうとしてすらいない――でもきつい寒さに耐えて芽吹くことを意識したそんな時期。それが「早春」だと思います。伊集院大介の最初の事件は、大介が自分の能力とそして何になりたいのかを自覚するための事件でした。事件解決は大失敗だったけど、この事件の苦い経験は、花が芽吹くために迎えなければいけない、例えば2月の一段と厳しい寒さだったんではと感じます。大介と行動を共にすることで、徹もこれまで考えたこともなかった生死や人間そして自分自身について考えるようになった。それは寒風に耐えるための固い「少年」という名の蕾の殻の中で芽吹くために迎えた見た目には見えないけど確かな変化だったんでしょう。

 そんな彼らの「早春」を象徴するが平野という架空の町です。この町はほかのミステリィにも登場するくらい作者にとって思い入れがあるようですね。平野は伝説が生活に根づいているような田舎町ですが、それも開発の手が入り、変化しつつある時期にさしかかっています。まだ完全には変わっていない――元から住んでいる人たちはそんな変化に眼を向けずに、でもどこか作用されて伝説から離れつつある。若い徹たちも普段はそんな伝説には目も向けないくせに、でもどかか奥深い所ではまだつながっている。まさに平野自体が「早春」を迎えつつあるわけです。早春の時期に早春な時を過ごした少年達にとって、平野という待ち自体がまさに彼の未熟な象徴、そこで起こった事件によって自分たちが何を考えるようになりどう変わったのか――。平野は彼らの始まりの地であり目覚めの地である、「早春」の象徴なのです。

 お互いにとってその後の生き方を決めるような出来事を経験した2人の少年達が、20年ぶりに握手を交わすシーン。これは確認の作業だったと思います。――「自分たちがなぜ今こうあるのか」ということの。

 

「あなたはあの事件で負い目をおったと思っているかもしれない。だけど、あの事件がなかったら、俺はただのばかな田舎のオヤジのままたぶん、なにも考えず、人間についても生や死やさまざまな事件についても何も知ろうともしないで終わってたと思う。(中略)あのときあなたと一緒に天神谷で死にかけたことによってどんなに何かを知ることができたか……それをいつかあなたに伝えたい、そう、この20年――正確には22年だな、ずっと思って生きてきたんだよ」

――及川徹


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