★ネタバレ感想★


今はもうない
Switch Back

森博嗣


<あらすじ>

 避暑地の別荘で、美人姉妹が隣り合わせた映写室と鑑賞室でそれぞれ死体となって発見された。二つの部屋は密室状態。二つの部屋を繋ぐ経路は映写のための小さな小窓のみ。――たまたまこのこの別荘へ遊びに来ていた私は、たまたま知り合った一人の魅力的な女性に引きずられ事件の謎にのめりこむが――!?。S&Mシリーズ第8弾。


<感想>

 S&Mシリーズ第8弾。再読。今作は最後に明かされるアレの衝撃がすべてで再読は正直厳しい――と思いきや、実はそうでもなかった。改めて読むと味のある作品だなと思いましたね。とてもロマンチック。今作はミステリィというよりラブストーリーなのでしょう。いやラブストーリーといより笹木さんから妻である睦子さんへと当てたラブレターなのかな。――あの数時間私はスイッチバックしたのだという笹木さんの述懐。少年のころに戻り、あなたに恋をしたという、そして今でも私はあなたのことをこんなに愛しています――といった感じのね。最後の衝撃に隠されてしまっているけど、あるいはそれこそが本作のすべてかなって気がしないでもありません。

 とはいえ、最初に読んだときは、あれの衝撃はすさまじかったです。考えてみると『封印再度』あたりからすでにねたふりしてるんだよね。睦子さんが登場し、「他の男にも目を向けろ」とか言わせたり。でもそんなの再読して今思えばということで、最初に読んだ時は全く気がつかなったです。再読してみれば、ここはおかしいなというところがたくさんあるんだけどね。つまりこれが笹木さんが作中で書いている「仮説を持たない者は何も見てない」ということなのでしょう。しかし、これを途中で見破ったという人ははっきりいって不幸な人でしょう(笑)。分かっていると正直初回の読みとして面白みが半減することは否めない。それだけの小説じゃないと思うけど、その衝撃を味わえない分、損している。ふたばなんか自慢じゃないですが、全く疑いもしなかったです。作者の狙いとおりに、西之園嬢と笹木さんのロマンスにドッキドキ(笑)。――萌絵さん、貴方には犀川センセイがいるでしょ?とか思ったり(笑)。だから最後のアレが明かされたときは「やられた!」と思ったのはもちろんなんですが、同時にホッとしたのを覚えています。

 テーマは「伝達」。伝達するためには「言葉」が必要なのに、言葉で伝えている以上の物が相手に伝わるというのが面白いですね。――萌絵さんが犀川センセイに伝えている段階で、すでに萌絵さんの解釈がそこに混在していて犀川センセイに伝わっているという部分が面白かったです。それどころか「言わないことも伝達」と言う考えがふたばにとっては斬新でした。犀川センセイらしい――つまり森センセイらしい述懐だと思います。言葉で伝える以上のものが伝わる、逆にいえば言葉では伝わらないものがあるということでしょうか。それを伝えたいと思う人の存在が言葉にされない情報を存在させているのだと思います。いや期待しているというべきかな。――だからそれは、伝えたいと思っている人にしか伝わらないものだろうし、いつしか消えてしまうものでしょう。

 今作で一番好きなシーンは最後に森の中を散歩して今はもうない森林鉄道の跡を微かに見つけて犀川が思うところ。――昔ここにはこういうものがあった聞いたとき、それを見ていたわけではないのに、寂しく、切なく、懐かしく感じるのはなぜでしょうか?――かたちあるものが消えていくという、確かにそこにあったものが今はもうないという、時の流れそのものを感じた、そんな気持ちでしょうか。――ここが好きですね。とても好き。最後の一文ががタイトルで終わるのも、決まったラストだと思いますし(笑)。

 

 それらの音も、光も、少年の思い出とともに、地球上のすべての大気に飛散し、拡散し、消散して、今はもうない


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