★ネタバレ感想★
NOVEL21
少年の時間text.BLUE少年の時間をテーマにしたアンソロジー集。
<感想>
『鉄仮面をめぐる議論 ゛Controversy about Iron Mask"』上遠野浩平
この作品の中で「少年」とは、「探がす」時間。
自分は何のために生まれてきたのか――少年のころってきっとそれを探している時間なんだと思う。でもいつの間にか、そんな思いも忙しさにまぎれ消えてしまう。それが大人になるっていうことかもしれない。でも、自分の生まれてきた意味が「分かってしまう」というのも逆に寂しいものだろう。しかもそれが終わったあとであったなら。
『夜を駆けるドギー』菅浩江
この作品の中で「少年」とは、「閉じこもる」時間。
現実では得られないコミュニケーションがヴァーチャルでなら得られるというのがなんだか悲しい気がするけど、一方でそんなものかなとも思う。相手も見えないし、自分も見えない。ごく短い文章という断片にすらならない情報に、自分勝手な願望をかぶせるのがヴァーチャルのコミュニケーション。それが気持ち良いのは自分をさらけ出す必要がないからだ。このころにありがちな他の奴とは違うというポーズをとるのも、結局、同じ理由。ペットというのも、要するに自分勝手な願望を投影する相手なのだから、あるいはロボットだって良いのかもしれない。でもそれが自分を監視し、評価するものだとしたら――という皮肉。自己を充足させるロボットにより採点され、自己を曝け出させられるのだから。
『テロルの創世』平山夢明
この作品の中で「少年」とは、「生かされている」時間。
子供たちが大人のパーツとして存在する世界の物語。つまり子供たちは社会を動かすシステムの一部として大人たちの生かされているということだ。――でも子供は大人たちのために生きているのではないし社会のために生きているのでもない。これは自分の子供たちが大人たち――自分たちとはと同じものにはならないという寓話。そして「生かされていた」少年が、「生きよう」と決意する物語。
『蓼喰う虫』杉本蓮
この作品の中で「少年」とは、「願うことだけで生きている」時間。
少年のころの「願い」とは、おそらく身勝手な夢――他人が入りこむ余地のない自己だけの意思だろう。願いをかなえる空間で、ベンジャミンとカオル――2人の少年は、表層的な願いの奥に隠された自分勝手な願望を見せられ嫌悪する。そしてそれを認めながら「そうしたいこと」ではなく「そうすべき」ことを選んで現実へと帰還する。――そうすることではじめてお互いの違った部分が見えるというのが印象的。つまり今までは思いこんでいただけで見ていなかったのだと思う。――ただひとり願うことを止めなかったルワーニは、孤独と引き換えに永遠の「少年」となったのだろう。
『ぼくが彼女にしたこと』西澤保彦
この作品の中で「少年」とは、「実は大人と変わらない」時間。あるいは「イメージの中だけ」の存在。
「少年」と言葉にたいして世間が持つイメージをみごとにミスリードに用いたミステリィ。「少年」が純粋だって、あるいは傷つきやすいって、誰が決めたんだろう?――いくぶん唐突だし、曖昧な部分もあるけど、相変わらずの誰も目を向けないところに着目しているし、少年に限らない人間のいやらしさがよく出ていると思う。――個人的には、ぼくが幼いころに見たスクール水着の順子さんを神々しくかつ官能的に描写するところにドッキドキ。――おそらく、この描写こそがこの作品の中でもっとも少年らしい感性ではないだろうか?
『ゼリービーンズの日々』山田正紀
この作品の中で「少年」とは、「大人や世間とは違う原理で生きている」時間。あるいは「犠牲の羊」。
社会の異分子の排斥がテーマ。少年とはいつの時代も異分子なのだろう。「少年の時間」は、大人たちがかつて過ごしたその時間とも、いつだって違うのだから(だからいつの時代でも「近頃の若い者は――」と言われる)。自分たちと違う時間を生きて、自分たちと違う可能性を持った若さを、大人たちは、社会は、いつの時代も許せいなのだ。その世界の少年に対する集合的な憎悪をドラゴンにみたて退治しようとする少年たち。社会的にはあきらかにヤバイ妄想を見ているのだけど、それは大人たちとは違う時間を生きていることの象徴。――それに彼らが見た恐ろしいまでに巨大でおぞましいまでに醜いドラゴンが、実は大人たちが憎悪してやまない(はずの)少女を、性欲の対象として襲おうとしている大人の象徴だったわけだから、その矮小さに限りない皮肉を感じる。
――ぼくはどんなことがあっても君を護るよ。嘘じゃない。どんなことがあっても、どんなときでも、
絶対に君を護ってあげる……――樋口馨(山田正紀『ゼリーバーンズの日々』より)