★ネタバレ感想★
タナトスゲーム
栗本薫
<あらすじ>
アトムくんとのラブシーンを描いた”やおい本”が、伊集院大介の元に届いた。大介はヤオイに走る若者たちへの理解を深めていったが、同じホームページに集うヤオラーたちの連続失踪事件が発生。大介はヤオイを救えるか!?
<感想>
伊集院大介シリーズ。ヤオイ――男同士の性愛を描いたマンガや小説――を題材したミステリー。といっても、相変わらずトリックはないので、ミステリーというよりは、ミステリー風社会風刺といったおもむき。今回の伊集院大介は、ちょっとおどけていますね。深刻でないときの大介さんは、こんななんでしょうか?
ふたばはヤオイは知りません。だから以下の文章は、「タナトスゲーム」を読んだことにおける理解、だと思ってください。
ヤオイに惹かれる少女たちというのは、潜在的には自殺願望・破滅願望を有しているという。男同士という本来の生殖のためのSEXとは異なったものにのめりこむ少女たちは、潜在的に滅びを――タナトスを望んでいるのだという説である。ヤオイの少女たちは、現実を忌避したいと思っているらしい。それを言うなら、男のオタクだってそうだろう。オタクも現実を忌避し、自分だけの世界に閉じこもっている。でも、ヤオイは、男のオタクとはやはり違うようだ。
オタクもヤオイも、それぞれおのおのが作り出した幻想の中に生きているという点は同じだ。が、オタクの幻想は「性」というものが大前提にあるのに対し、ヤオイは男同士の性愛を描きながら、実は性の重要度は低いらしい。確かに、オタクが、現実世界でしばし性犯罪で問題になるのに対して、ヤオイではそれは聞かない。
オタクの幻想は現実世界のかわりだ。だから、ときに幻想が幻想では収まらず、現実世界に溢れ出す。でも、ヤオイにのめりこむ少女たちが実際の男同士の絡みを見たいのかといえば、それは違うようだ。それがどんな美少年でも、現実は生々しさが付きまとう。
彼女たちがもとるめるものは、確かに「愛」なのだろう。が、それは、肉欲の愛憎渦巻くようなものではない。もっと清らかな、美しい、気高いものだ。だが、それは現実にはない。だから、彼女たちは、現実ではない世界を求めて、ヤオイに惹かれていく。ヤオイで描かれる「愛」とは、現実とは遠く離れたファンタジーの「愛」だからだ。
つまりヤオイとオタクの違いは、いだく幻想における現実の置き方の違いだ。オタクの幻想は現実の続きだが、ヤオイの幻想は現実の外にある。
彼女たちにとって、現実は必要ない。生も死も、現実世界においては、彼女たちにとって「大したことじゃない」ものだからだ。そんなものより、彼女たちにとっては、自分たちの幻想のほうが、その幻想に、共感してくれる人々といるほうが、ずっと、確かな大切なものなのだ。
作中、「あたしたちにはそれが必要で、それであたしたちはやってゆける」と、ヤオイに惹かれる少女たちは言った。現実世界と関係が希薄な彼女たちにとって、それが唯一現実に残れる足がかりになるのだろうか。
「そんなものは必要ないんだ。彼女たちが作りだし、そして愛しているのは、現実の上にわずかな手がかりをもとにして構築した、彼女たちのイリュージョンの薔薇園なのだから」
――伊集院大介
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