★ネタバレ感想★
THE ビッグオー
パラダイム・ノイズ森博嗣
<あらすじ>
記憶喪失の街――パラダイムシティ。パラダイムシティ随一のネゴシエーター、ロジャー・スミスに交渉を依頼した男が殺された。殺したのは暴走したアンドロイド。事件の鍵を握るのは男が印刷するように頼まれた詩集「アルカディア」。10年前にこの詩集をこの詩集を編んだのは老科学者と彼が世話をする子供たち。詩集の出所を追い、ロジャーはパラダイムを翔ける。地下に眠る「ステラ」とは?「アルカディア」に隠されたメッセージとは?
<感想>
アニメ『THE ビッグオー』のオリジナルストーリー・ノベル。
舞台となるパラダイムシティは「記憶」に支配される街だ。この街に住む人々は、40年以前前の記憶が失われていている。それが、時折何らかのきっかけでその「記憶」を思い出し、その記憶に囚われてしまう。本編のネタばれになってしまうが、実はパラダイムシティは40年前に作られた街であり、そこに住む人々はそれを作った者もの――神によってさまざまな役割を与えられた演技者に過ぎないのである。そうリヴィングストンの「記憶」によって操られたアンドロイドたちと同じだ。そうとは知らず役割を演じている。……その中で主人公のロジャー・スミスだけはその支配を厭い、神とすら交渉するネゴシエーターなのであるが――。
この物語は、世界の支配に追随しても平穏に生きるのか、世界やそこに住む人々を滅ぼしても理想的な世界を作るかを問う物語である。子供のころには誰の中にも存在したはずの社会に対する怒り、そこから脱出して理想的な世界を模索する希望。パラダイムシティに支配されるイアンは、突如、世界の運命を決める選択をする役割を与えられてしまう。その選択の両端所にいるのがイアンのかつての仲間だったアーサーとモニカ。共にサイボーグ化され、絶大な力を手にいれた二人。アーサーは己の欲望の為に街を守ることを選び、モニカは子供のころの絶望と希望に殉じ、誰にも支配されない自由な自分であることを求めて世界を滅ぼそうとする。――もしも世界が間違っているとして、その世界を改革できる力が与えられた時、人はどう選択するだろうか?不遇の子供時代を過ごしたイアンはやはり子供のころには社会に対して不満を抱え理想的な世界を夢みてはいた。しかし年を経て恋人に子供もできた。イアンは大人になってしまった。イアンは守りたいと思う掛け替えのないもののために、彼は憧れだったモニカを拒絶する。子供のころの思いは今だイアンの中にもある。しかしかつてのような感情にはもうなれない。たとえ、その選択が歪んだ世界に何の疑問も持たず追随して生きる大人の一員になるということでも。
何が正しいのだろうか? モニカは支配を厭い自由を純粋に求めた。その思いは間違っていたとは思えない。しかしその自由への希求もリヴィングストンの「アルカディア」によって教育され擦り込まれたもので、世界を滅ぼす方法もリヴィングストンが与えたものだ。 彼女は結局、リヴィングストン記憶――によってアンドロイドと同じように「支配」されていたのだ。 果たして支配から逃れることが出来るのだろうか? 本当の自由を得ることはできるのだろうか? 自由とは幻想なのか? 人は何かに支配される定めなのだろうか? では支配とは何か? 支配するものを神と呼ぶのなら、パラダイムシティを支配する神とは、記憶だ。多かれ少なかれ人はそうとは記憶に支配される。――現実において僕らが社会に支配されているように。――ただ言えることはイアンは選んだということだ。それは本当は何かに支配された結果によるかもしれないが、でもイアンはモニカとは違い自分で考え自分で選択した。それが支配から逃れ得る唯一の方法だろうか?
そんな特異な町であるパラダイムシティだが、実は現実の僕らの世界と変わらない。極端ではあって、パラダイムシティは僕らの現実の暗喩にすぎない。パラダイムシティの人々は記憶に支配されているが、僕らもまた「何か」に支配されている。その何かとは世間の常識であったり、社会体制であったり。つまり――僕らのすむ世界そのものに捉えられて生き続けている。子供のころはイアンやモニカと同じように僕らも、社会は何かが間違っていると感じいたはずで、その何かが分からず焦燥にかられるばかりで、ただ漠然とした怒りをもてあます日々だったと思う。でも、年を経ればいつしか世界を受け入れて、怒りを抱えていたことなどすっかり忘れて普通に生活している。それが大人になるということ――それが世界の支配なのである。そして現実でも、モニカと同じように「支配」を覆そう考えてテロが起こる。その行為が正しいとは思えないが、唯々諾々と社会が言うことを鵜呑みにして、支配されていることも気がつかず生きることは、生きているといえないような気がする。――それはパラダイムシティに住む人々やアンドロイドと同じだと感じるのだ。パラダイムシティで人々を支配するのが記憶だっと言うだけで、同じように社会の風潮という命令にしたがって、僕らは同じ方に動き考えることをしない。――僕らもイアンと同じように自分で考え選択するべきではないか?その結果が、今の世界を守ることでも良い。それが自分の選択の結果なのなら。――作中に主人公ロジャーがアンドロイドのドロシーに言った言葉。彼だけが神とすら交渉できる、唯一の自由な人間であることはその考えによるのだろう。
心配するな。きみの隣にいて、きみが望まないことをきみがするなら、止めてやろう。しかし忘れるな。
きみの主人はきみ自身だ――ロジャー・スミス