★ネタバレ感想★


ねじの回転――心霊小説傑作選――
TURN OF THE SCREW AND OTHER GHOST STORIES

ヘンリー・ジェイムズ


 創元推理文庫より刊行された新訳。帯や裏表紙にあるスティーブン・キングの賛辞や、「難解」という言葉にひかれて読んで見た。

ネジの回転 The Turn of the Screw
 たしかに幽霊が出てくるけど、幽霊はただ見ているだけで何もせず、そういう意味では全く怖くない。キングが絶賛するくらいなのだからどんなにおぞましい化け物が登場し、身の毛のよだつことを行うのだろうと思ったのだけれど。
 また難解という点に関しても、ただ字面だけ見れば描かれていることに難しいことは何もない。子供たちに取り憑き影響を耐えつづけている幽霊たちとただ一人対決することになる女教師の物語でしかない。――ただその背後に潜むものまで見ようとすると、大いに話は違ってくる。
 ふたばが読み終わって、まず思ったことは、この物語に登場した幽霊が「本当に存在したのか?」ということだった。実際に幽霊を見たのは語り部である女教師だけなのだ。しかもこの女教師、どうも思い込みが激し性質らしくて、ひとり興奮してどんどん舞いあがって自分自身を追い詰めているだけのような気がする。――実は幽霊などは存在せず、この女教師の妄想に過ぎないのではないだろうか?という疑問は当然沸き起こってくる。
 実際、これ以降に続く、ヘンリー・ジェイムズ短編においても、幽霊を見る人たちはいずれも精神的な圧迫を受けている。だからそこに本当に幽霊が出現したのか、あるいは精神的な圧迫が生み出した妄想であるのいずれ曖昧だ。

 ――本作においてもそうだ。訳者の後書きや解説を読むとこの幽霊の実在についてはかなりの議論があり、性的に抑圧されている女教師の妄想に過ぎないという説もあると紹介されていて、なるほど腑に落ちた。――どうも読んでいて、妙に淫靡な雰囲気を感じたからだ。特に具体的な描写はないのだけど、様々な描写に潜んでそういう雰囲気を感じずに入られなかった。――それにたしかに、男性の幽霊を見たときは憧れている雇い主を想像した時だし、女性の幽霊を見たのは女の子が穴の開いた板切れに棒を差し込もうとしているとき、そしてそしてラストは少年を組み伏せているとき――と、女教師が幽霊を見た時というのは、どこか性を喚起させるシーンだ。
 ヴィクトリア朝を生きた作者が、どういうつもりで本作を書いたのか、ふたばは知らない。ただゴシック小説の形式を取りながら、幽霊の実在、非実在、いずれにも取れるよう多重的に書いたのではないだろうか。少なくとも現代人のふたばからしたら、この小説の怖さは、幽霊がついには子供を取り殺したことにはなく、女教師の妄想が妄想を呼び自分をどんどん追い詰めていってついに破綻に至る、その心理的な圧迫感にあった、と思う。
 『ねじの回転』というタイトルの意味も良く分らないのだけど、額面通りではない物語の裏に潜むものを感じたときに、同じ場所にいるように見えてじわじわとくい込んでいく「ネジ」をイメージしたのかもしれない。

   ロマンス
古衣装の物語 The Romance of Certain Old Clothes
 「古衣装」とはいっても、作中年代から数年前でそれほど古くない。もっともコレが100年200年の本当のいわく深い古衣装で、着た者をとり殺すという伝説がある――といった話だったとしたら、それではそれほど怖くない。全く無関係の呪いで死んだとしても、実際に死ぬのが自分であるならともかく、はたである読者としたらそこに恐怖を感じがたい。――憑く者と憑かれる者に関係があって、そこに憎悪と呪いがあってこそ、その象徴である亡霊にたいして読者は恐ろしいと感じるのではないだろうか。――姉が最後に何を見たのかは定かではないが、そこにある人の意志こそが実は一番怖いのだと思う。

幽霊貸家 The Ghostly Rental
 幽霊に貸した家の家賃を取りにいく――というアイデアなにより秀逸。やはりただのゴーストストーリーとはいえず、どちらかといえばミステリイ・サスペンスの部類かも。怖くはないがどう話が転がっていくかという興味が先だって一気に読んでしまった。――娘を殺したと思い、家に現れた娘の幽霊に家賃を払ってもらっている父と、父が死ぬまで幽霊のふりをしつづけた娘の妄執が、幽霊よりも恐ろしいと思う。父親はともかくそこまで、死んだと思われて自由になったはずの娘をそこまで縛り付ける父の呪縛って何だろう?と考えると。

オーエン・ウィングレイヴ Owen Wingrave
 本作のゴーストを見た(らしい)オーエンも家督を継ぐことを強要されて、精神的に参っている。訳者後書きに『オーエン・ウィングレイヴ』とは「戦士が墓を手に入れる」と読めるとあったが、軍人の家系に生まれ軍人になることを――戦って多くの敵を殺しついには自分も死ぬことを、宿命づけられた若者――それを厭う若者にとっては、そこから逃れ安息を手に入れるためには、文字と通り「死ぬ」ことにしかなかったのかも知れない。しかし厭いながら戦士であった先祖と同じ死に方をしてしまうというのが皮肉。結局は家系の呪いからは逃れられなかったということだろうか。

本当の正しい事 The Real Right Thing
 本作もやはり幽霊が本当にいたとは言えない。彼らが見た幽霊は、いずれ自分が生み出したものに過ぎないと思える。作家の書斎というのはきっとその作家の脳髄みたいなものなのだろう。その脳にこもって作家の人生と思考をトレースし続ける。いつのまにかあたかも自分がその作家になったかのように錯覚し始めても不思議はない。彼は自分の中の作家を見つめ続けていたのだから。
 主人公の前に現れた(感じられた)幽霊は、いずれも主人公に都合の良い存在だ。伝記の作業が好調の時は自分を助けるように思えたし、不調になってくると今度は自分を非難するように思え出す。そしてもう逃げ出したいと思ったとき、ついに彼の前にはっきりと現れて彼の行為を完全に否定してくれた。
 生者が、死者を悼み何かをしてあげたいと思うのは当然だ。しかしそれは本当に死者が望むことなのだろうか? ただ生者である自分の心の平穏を保つために過ぎないのかもしれないのではないか。
――死者はもう何もできない。死者が望む本当の正しい事とは何だろうか?

 

 わたしたちは静かな日の光の中に二人きり――そしてマイルズの小さな心臓は、魔を祓われて、止まっていました

――『ねじの回転』より


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