★ネタバレ感想★


姑獲鳥の夏

京極夏彦

 


<あらすじ>

 東京・雑司ヶ谷の医院で奇怪な噂が流れる。その医院の娘が二十二箇月も身ごもったままであり、その夫は密室から喪失したと言う。さらにその医院には赤ん坊がゆくえ不明になると言う噂まで流れていた。売れない小説家・関口巽は探偵の榎木津礼二郎、女性記者・中禅寺敦子とともに事件解明に乗り出すが……。事件は妖怪「うぶめ」の仕業なのか?古本屋にして憑物落とし、京極堂・中禅寺明彦。ついに登場!!


<感想>

 妖怪シリーズ第1弾。妖怪と現実の殺人事件。全く正反対のベクトルを持つと思われるものをどう融合させるのか興味尽きないところだった。それを「現実も仮想現実も、脳が間接的に見せたもの」ということで見事に説明をつけた。実際に起こったと思われた謎はすべて現実の出来事ではなかった!!こんなミステリィが他にあっただろうか?
 トリックがない。トリックがなくてもそれはミステリィなのだろうか?そうミステリィだと思う。密室も人間消失もすべて書き手の関口心の要請により脳が見せた架空のものだった。これが分かったときの意外さ!これをズルイと取るか新しさ取るかは評価が分かれるところだろう。ぼくはミステリィの裾野が広がったと感じた。この話で一番面白いと感じたのが関口という人物の存在だ。彼の人称で語られる事件は次第に現実感を失い、まるで夢の中をさまよっているかのように感じられてくる。古来より「胡蝶の夢」や「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」と言われるように現実と架空の関係はその当人がどうとらえるかにかかってくる。人の心の問題は個人的なもので不変性がない故に科学では扱えない。科学では扱えないもの――不変性がないものをミステリィの根幹に据える。こういうアプローチもあるのだと思った。

 ある人が、ミステリィとは「一部が隠されたものの道筋」だと言った。これは皮肉である。ミステリィほど論理的に筋道を立てて説明できることしか書かない小説はない。突飛なことは書かれない。なぜなら信じてもらえないからだ。でも、現実には突飛なことほど意外でありミステリィだ。このシリーズに出てくる(?)妖怪とはそう言うものなのだろうと感じた。妖怪とは人間の心の葛藤の象徴なのである。心ほど不変性がなく突飛で意外な存在はない。推理小説の「自然界の物理法則」にしたがった論理より、妖怪に象徴される人間の内の世界――心の葛藤の方がミステリィだ。

 このシリーズの探偵役、京極堂は普通の探偵役ではない。普通の探偵は、現実の事件――京極堂の言葉を借りれば「外の世界」――を解き明かす。しかし京極堂が解き明かすのは、人の「内側の世界」――心なのだ。だから、彼の「謎解き」は「憑物落とし」と呼ばれるのだろう。

 

「彼女は普通の人間だった。僕等だって彼女とまったく同じじゃないか。彼女を特別視して闇の彼方に葬り去ってしまうのじゃあ彼女は永遠に呪いから解放されることはない」

――京極堂


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