★ネタバレ感想★
運命・二人の皇帝
田中芳樹
<あらすじ>
中国・明の時代に、皇帝の座を巡って甥・建文帝と叔父・燕王の間で繰り広げられる運命の変遷。
<感想>
中国の史実物。もともとは幸田露伴の『運命』を田中芳樹がジュヴナイル化。講談社で世界の古典を日本の有名作家に翻案させるという企画全集の1冊のようです。原作は漢文調の偉く難しい小説ですが、こちらはいつもの田中芳樹の中国物に比べても描写がシンプルで、噛んで含めるような優しさ。その分文章の味わい薄いと思うかもしれませんが、そこはやはり田中芳樹。もともと田中芳樹はながながと複雑な描写をする作家ではなく、短くシンプルながらも味のあるダイナミックな描写を得意としているので、さすがにいつも通りというわけにはいかないまでも、平均以上の味わいを維持していると思います。
テーマはもちろん「運命」。運命の数奇さ・無常。
そもそも明の始祖・光武帝の長男がなくなったのが運命の始まり。はじめは光武帝も自分の息子のうちで才能豊か燕王を帝位につけようと思っていた。しかし結局は亡くなってしまった長男の子――光武帝にとっては直系の孫である後の建文帝を皇太子に決める。脆弱な孫のために光武帝は有能な部下たちを次々に粛清までして。しかしそうまでして皇位につけた建文帝は皇帝たる素質にかけていた。
――これが運命。
始めから燕王を帝位につけていたら、後に大乱はなく、多くの人が死なずにすんだ。建文帝も、一王として平和に暮らせたかもしれない。
しかし運命はそれを許さない。
追い詰められて立ち、勝って帝位を得た燕王――永楽帝と、気が弱く決断できないゆえ部下たちを止められずまけて逃亡した建文帝。簒奪とののしられ、信頼する戦友たちは次々と亡くなり、それでも苦労して国内を安定させたが、最後には心労から亡くなってしまう永楽帝と、逃亡ながら国内の美しいさまざまなものを見てさまざまなことを考えて平穏な日々を送り、最後には永楽帝のひ孫に迎えられ宮殿に戻った建文帝。
――これも運命。
もともとは二人とも自ら選択したわけではない、与えられた道――それが運命。運命によって落ちつめられて選ばされた道で、一体、二人のどちらが幸せだっただろう? そして光武帝が始めから燕王に皇位を与えていたもう一つの人生と比べてどちらが幸せだったのか。
つまり「運命」とは、皮肉でどうしようもない人の生を諦めるためのいい訳ということか。
この作品で一番の見所は、燕王と方孝儒の対決シーンだろう。――燕王は建文帝のブレインだった方孝儒の才能を買い自分に使えるように勧めるが、品行方正の方孝儒は簒奪者である燕王を見とめることが出来ず、拒む。簒奪者呼ばわりされた燕王は怒り、方孝儒の知人友人一族を処刑すると脅す。――方孝儒歯それでも受け入れられず、燕王も引くことが出来ず、結局多くの人々が処刑されてしまう。二人の意地の張り合いにより、方孝儒の関係者というだけで処刑されてしまった人々。
――これも運命だ。
無数のどうしようもない運命が集まって記録されたものが、きっと「歴史」だろう。「歴史」とは正義と悪の戦いの記録ではなく、正義と正義と戦いに記録であるのだから。
「ああ、方先生、あなたはえらい。鉄よりもかたく、黄金よりもとうとい信念のもちぬしだ。だが、あなたの
信念がもうすこし弱ければ、八百七十三人もの人は死なずにすんだのではありませんか」「どうだ、方孝儒よ、満足したか。八百七十三人もの人間が、
お前の正義とやらのために死んでくれたぞ」