★ネタバレ感想★
虚空の逆マトリクス
森博嗣
<感想>
短編集第4弾。全体的に小粒でシンプルな感じ。
トロイの木馬 Trojan Horse Program
結末がはっきりと書いていないので良くわかりませんが、結局、千宗自身が研究機関のサーバに進入するための「トロイの木馬」だったということかな。目的はおそらくそこで殺された男を調べるため(殺すために)。そして千宗をトロイの木馬にしたてたのは母親のサヲリだったと。――ヴァーチャルリアリティの世界を舞台に、人間という種自体が何者かによって何らかの目的で仕掛けられた「トロイの木馬」かもしれないという「実在不安」を描いている――と、普通に読めばそうなるのかな。
でも母親に縛られた永遠の子供という図式をみて、なんとなく「トロイの木馬」と同じギリシャの悲劇「オイディプス」を思い出してしまった。そのギリシャ悲劇自体というよりそこからフロイトによって「発見」された「エディプスコンプレックス」のほうだけど――母親を独占するために父親に嫉妬して殺すという。そうなると殺された職員は千宗の父親で、殺したのは千宗自身。でも彼は母親を独占したかったわけではない、最後に母親の名を持つ恋人を殺しているのだから。むしろそこから抜け出したかったはず(自分をそう言う関係に生まれつかしたという理由でその男を恨んでいたのかも)。で、先ほどの「トロイの木馬」をしかけたのが母親だったというところから考えると、もしかして、これは母親が息子に父親を殺させるために仕組まれた「トロイの木馬」だったのかな?――息子を永遠に自分のものとして縛り付けるための。自分の子宮から永遠に逃さないための。――まあこれはなんの証拠のない妄想(笑)。矛盾もいっぱいあるだろうし。
赤いドレスのメアリィ Mary is Dressed in Red
テーマは時の無常かな。時の流れが自体の本質を、本人からも周りからも押し流し、外側だけが残った。きっかけでしかなかった赤いドレスだけがいつまでも残る。――まるでそれが本質のように。
不良探偵 Detective in Detective
もしかしてこれは「探偵が犯人」というやつの変形なのか?――しかしそんななミステリィの_場合、物語がどこか破綻してしまうものだけど、今作は探偵は探偵としてその役割をきちんとはたしながら存在していて、その上で犯人でもあると破綻していない。上手いなと思います。――起こってしまった出来事の期限点があまりにも些細な偶然であるとき、人はそれは「運命」と呼ぶ。
話好きのタクシードライバ That's Enough Talking of Taxi Driver
これはもしかしてそのままではないか?(笑)。――もしかして読み損なっている?しかしもしこれで「私」が宝石強盗の犯人だったというオチだったとしたら、それはそれでなんの意外性もないオチだし。むしろ何の捻りもないこと結末だったことが意外だったといえるかも(笑)。
ゲームの国(リリおばさんの事件簿1) The Country of Game
回文探偵(?)リリおばさん登場。でも前作と比べるとゲーム度は足りないかな。前作アナグラム探偵(?)はそれがなんのアナグラムになっているか考えるのが楽しいかったけど、回文は逆から同じように読めるだけでそのまま。「すごい長い回文!」――とは感心はしても、長すぎて確かめる気にもなれず。確かめたところで「で?」で終わっちゃうのが寂しい(笑)。『ゲームの国』なわりにはこちらが関わる度合いが少ないのだね。――それが『ゲームの国』シリーズ(?)のコンセプトかどうかは知らないけど。事件と回文が直接関係あるわけでもないし――と思う。それともこれも読み損なってるかな? ――でもまあ可愛らしい雰囲気の作品ではあります。
探偵の孤影 Sound of a Detective
森ミステリィには珍しいハードボイルド調。ただネタ的にはどこかで見たことあるものばかりなのが森ミステリィには珍しい失点というか――。でも森ミステリィだと、なんとなく見かけ通りではない気がしてくるから不思議なもので、またも読み損なったのかなと思ったり(笑)。でも今作はつまり探偵は死んじゃいましたってことでしょ? 冒頭の床の死体とは探偵自身のことでした――と。それに本人が気がついていないというのは――なんとなく『シックスセンス』だね。
いつ入れ替わった? An Exchange of Tears for Smiles
S&Mシリーズの短編。本短編集の中で最もミステリィっぽい作品。とはいうもののタイトルの英題を見ればわかるように本作の肝はそこにはなく、真に描きたかったものは、(きっと)犀川先生と萌絵さんの関係の機微。事件や謎解きでしか進めなかった二人の関係が、それを抜きにしたところで進もうとしてるということでしょうね。だからミステリィはシンプル、犀川先生の謎解きも超特急(笑)。――しかし犀川先生は女性に指輪を(とは書かれていないけど指にはめたんだからそうだよね?)送るということはどういうことなんだか分かっているんでしょうか(笑)? あの韜晦具合はやっぱりそういうつもりで送ったということでしょかね?――ラストの一文の「彼女は片手を伸ばし、車内灯を消した」の後が気になります。
自分は自分の意思で生きている。それが人間の自由だ、と考えること自体が、一種の封印ではないか。その呪文がある限り、その先に潜む本当の存在を、君は見過ごしていないだろうか。
――『トロイの木馬』より
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