★ネタバレ感想★


夢・出遭い・魔性
You May Die in My Show

森博嗣

 


<あらすじ>

 クイズ番組に出演することになった小鳥遊練無たち一行。その番組のプロデューサは「夢の中の女」に殺されると怯えていて、リハーサルの最中に密室で殺された。練無はその現場から最後に出てきたアイドル・立花亜裕美に頼まれてその場を共に抜け出すが……。Vシリーズ第4弾。


<感想>

 Vシリーズ第4作。主役は練無くん。と言うことでアクション満載かと思ったがそうでもなかった。でも、さすがに最後のアクションの描写はスゴイの一言。スカートの描写が良いよね。バッと広がり犯人を倒したあと静かに閉じていくその描写が良い。映像がはっきりと浮かんできてこれはカッコ良い!と思いました。それと練無くんとアイドル亜裕美ちゃんの何となくロマンティックな逃避行(?)が素敵ですね。「意外な犯人」というのは、確かに意外だったけど驚きは少なかったです。事件から遠すぎたというのがその理由だと思います。いかにも犯人が事件の中心にいるようなモノローグに騙されましたがこれをズルイと思うかでこの作品の評価は分かれそう。ふたばは面白かったのでOK。つまりこれはTVと同じなんだよなと思いました。作られた現実。でも犯人の意外さより稲沢探偵が女性だったということのほうが意外でしたね。そう思うのはつまり話の中心の方にいたからでしょうが。確かにどこにも男性とは書いていないし「真澄」という名前も男とも女ともとれる名前だしね。これもTVと同じ限定されて情報か。犯人について驚いたのはその動機(?)。つまりショーを演じていたんだね。女優が役を演じるように。他人になりきることで演じる女優。そういえば亜裕美もカメラを向けられることで自分を滅して演じる女優ですね。カメラに捉えられるということは自分ではない、演じられた自分になるということだろうと思います。人形のように自分の中に何もなくてもカメラで捕らえられた自分はまるで人間のよう、いやそれ以上なリアルさを持って存在できる。少なくともそう見えます。カメラが、撮る者の意図を生命として人形に吹きこむのでしょうか?ビデオの交換日記も、虚構の世界に生きる二人のごく当たり前のコミュニケーションだったのかもしれませんね。外側しかない彼らに中身を注ぎ込むためにはカメラを通すしかなかったのかも。もしかしたらこの話は二人の女優の物語だったのかもしれませんね。2人の女優の違い、それは他人をかぶるのか?それとも、自分に生命を注ぐのか?――かな。

 ショーとは何か?
 ショーとは作られたもの虚構だ。でも現実よりずっと焦点が合っている。よりリアルなもの。むしろ現実のほうが製作途中のショーみたいにつぎはぎだらけで焦点がボケている。何故か?それはショーには製作者の意図が込められているからだと思う。光るスポットライト、決められたカメラワーク、観客の視界は限定され、見せたいものだけが見せられる。情報を取捨選択し限定することで製作者が表現したいと思っていたものがより伝わりやすいように表現される。背骨が一本あるだけでぼやけた世界のピントが合い、極彩色のまるで現実のような世界が現れる。
 それがショーだ。
 作られた、でも現実よりずっと現実的な存在感のある夢。それとは逆にリアルなはずの現実が本当は曖昧で夢のようにぼやけている。現実は散文的で広がりすぎいてそのままでは生きてはいけないのだ。だから、人はまるでショーのように、現実に生きるための意図を込める。生きる目的というやつを作り出す。それだけを見ることでがむしゃらに前へ進めるようになる。ショーで演じる役者のように、そうすることで曖昧な現実にピントを合わせて生きていくことができるのだ。そうしないと生きていけない。スポットライトが進むべき道を照らし、カメラワークが人生の目的を切取りとる。自分が自分の人生を演じる役者なのだとそう思い込み続ける。死ぬまでそう錯覚しつづける。生きることは思いこむことであり、演じることなのだ。きっと犯人も(固有名詞ではなくこう呼ぶのがきっと相応しいと思う)普通の人と変わらない。生きるために思い込み、演じることで生きていたのだ。ただ彼女は自分ではなく他人を演じることを選んだ。役者が役になりきるように他人をかぶる。なにもない自分。たぶんそれは誰でも同じで普通はそこにささやかな意図を込め自分自身を演じていく。しかし彼女は目的がないなら他人から貰えば良いと思った。きっと、他人の人生はTVの中の夢のように輝いて見えたんだろう。スポットライトの光りが世界を限定し綺麗なものだけが見えた。見たいと思ったものだけが見えたのだろう。曖昧な現実ではなく、ドラマのような人生、復讐に燃える女神の夢、女優が演じる芝居のようにくっきりとした人生が。そして人を殺すという行為に初めて喜びや恐れを現実に感じるはずの感情を感じたのかもしれない。その蠱惑に光りに群がる虫のように耽溺していく。
 そんな出遭い、彼女が生んだ現実は人殺しという名の恐るべき――魔性

 

そう、また、人を殺したくなるかもしれません。
どうしてかって?
決まってるじゃありませんか。
虫が集まるのと同じ。
そこが、
明るいからですよ。


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