★ネタバレ感想★


ZOKU
Zionist Organization of Karma Underground

森博嗣


<あらすじ>

 壮大な悪戯組織「ZOKU」と、彼らのたくらみを阻止しようとする「TAI」。彼らの(さりげない)戦いを(何となく)描くコミカルノベル。


<感想>

 昔のヒーロー物・戦隊物のパロデイ。現実の中でもし悪の組織と正義の組織が戦ったら、こんな小規模な戦いになるかもというのを描いていないではない。ZOKUがやっていることが意味のない悪戯に過ぎないのは、この手のヒーロ物の悪役が行っていること――世界を征服するにしろ破壊するにしろ――が、客観的に見ればこんな風な意味のないものに過ぎないという皮肉だろうか? どんどんとスケールダウンしいていって最後には戦ってするいない物語の果てに、善悪を超えた現実における本当の悪が見えてくるのである(たぶん)。

Episode 1:Off the Beaten Path (第一話:ちょっとどきどき)
 暴震族ってようするに後ろから「わっ!」と驚かすという悪戯に近い。子供のころはこんな悪戯を良くやったもの。でも大人になると恥ずかしさが勝ってなかなか出来ない。必然とちょっとどきどきするようなことも少なくなるし、経験をつむことで意外な出来事だって少なくなり、いつのまにか平穏な生活を送るようになって行く。安定といえばそれまでだけど、時々、子供のころのちょっとしたことでもどきどきしたことが懐かしく思える。ZOKUとはそんな子供のころの純粋な思いを再び取り戻そうとする――なんてウソ(笑)。もちろん悪戯に意味なんかないのだ。それは悪の本質。悪いことをあえてするメリットはないはずなのに、悪役ってあくどいことばかりする。悪をなすこと自体が目的のように。それに近い(か?)。――それにしてもー番の被害が警察のせいというのが皮肉ですね。……事態を混乱させるのは、大抵無能な正しさである。

Episode 2:Poor at Manual Art (第二話:苦手な秋・芸術の秋)
 
本番の前が一番ドキドキして楽しいという野乃ちゃんの気持ちはじつによく分かる。野乃ちゃんって可愛いと思う(関係なし)。楽しみであれば楽しみであるほど、待たされれば待たされるほど、ドキドキすればドキドキするほど、自分なりの楽しみなものができあがってしまい、実際のものとは異なってしまうものだからだ。実際の映画本編より、予告編の方が面白いというのに近い(かも)。芸術に関しては、一部の権威にしか分からないものが本当に美なのかという疑問はつねにあった。その権威の美意識が歪んでいるとどうして言えないのか?――結局、芸術も、美も、個人のうちにしかないものであろう。他人のいうことを鵜呑みにして芸術だと騒いでいる人々中から真の芸術が出てくることはないだろう。もちろんそんな錯覚だって当人が満足しているのならそれで良いが。同じ分からないにしたら、子供の意味不明な言葉の羅列の方がずっと純粋だ――とも思ったが、近頃の子供は大人が期待する純粋さ演じたりするから、純粋なんて言葉がもはや死語かも。――思えばZOKUとTAIがまともに機能していたのはここまでであるなあ。

Episode 3:A Simple Funny Story (第三話:笑いあり 涙なし)
 
目的を達成する為の手段が、いつの間にか目的となる。そしてそもそもの目的が失われ、熱意も消え、惰性で手段を目的として繰り返す――そんな話か?笑うのは良いが、笑われるのは願い下げである。

Episode 4:It's almost right.(第四話:当たらずといえども遠からず)
 
すべての物事に整合性があるわけではない。たとえ理屈を持って事を行い始めたとしても、それが失敗すれば何とか取り繕うと右往左往しだしそのうち煮詰まったりすれば、整合性も何もないグズグスな状態だ。当然、周りからみれば何をやっているのか分からないだろうし、本人だってすべてが終わったあとで冷静に振り返って見ればいったい何をやっていたのだろうと悩むところ。――そう、たとえば夢なんかもそうだ。そもそも脳が記憶の断片を整合する為に無理矢理つなげてみせたのが夢。見ている時は繋がっているように思えても、目覚めて思い出せばむちゃくちゃなストーリー。――ひとはその中にいる時は決して客観視できないもの。……そういえば将来の「夢」という場合も、本人以外には良く分からないものもありますね。どちらにしろ見ている本人以外はドキドキしません。(但しロボットは男の夢だ!!)

Episode 5:Facts are colored by prejudices.(第五話:おめがねにかなった色メガネ)
 
世界の根源的な二勢力である正義と悪にもついに経済の波が!! 縮小を余儀なくされるZOKU。存在意義を失うTAI。――こんなオチでほんとうに良いのか!?。要するに不景気が一番悪いよねーということ。さらに寄る年波には勝てないよねーというか。――正義も悪も、若さゆえのバイタリティ。勢いで突っ走る概念。勘違いだって原動力だ!! しかし悪戯をなぜするのかといえば、行為が楽しいからだが、なぜ楽しいのかといえば、相手のリアクションが楽しいからだ。そしてZOKUにとってリアクションを求める相手とは、悪戯する対象である市井の人々ではなくてTAIなのだ。ところが不景気の為に彼らの悪戯がTAIまで届かない。……ジレンマである。とはいえお互いそれほど熱心ではない。別のことに熱心である。――ようするにもう飽きたって事か。いつまでも同じところに人間はいてはいけませんよねー。――こうしてさりげなく始まった物語が、さらにさりげなく――というかほとんどフェードアウトして消えてしまいましたとさ。――全く山がない、意味がない、オチもひどい。――でも、きっとそれが目的だ。

 

気をつけよう。
あなたの身の回りで起こった、どうも上手くいかないこと。
絶対に誰かの悪戯だ、と思えるこも、
それは、
ZOKUのせいではない
それはあなたの単なる思い込み、
単なる勘違いにすぎない。


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