松岡佑子。人は日本の出版界に出現した“魔女”という。絶対に後に引かない魔女なのだという。これは手ごわいぞ。その魔女が魔法使いの少年に出会って、日本のベストセラー記録を塗り替える物語が始まった。
「ハリー・ポッター」
 |
| 「ハリー・ポッターと賢者の石」の英国版を見る松岡(東京・新宿区で)
| 亡き夫の残したちっぽけな出版社を引き継いだ素人の女社長が、最初のひと振りでかっ飛ばした1200万部という超・超級のメガヒット。玄人編集者たちは羨望(せんぼう)のまなざしを向け、地団駄を踏む。2年半たった今も売れ続ける魔法の本だ。われわれも、出版不況に風穴を開けた松岡マジックの物語をたどる旅に出よう。
〈こぎれいに刈り込まれたプリベット通りの生垣を、静かな風が波立たせた。(中略)赤ん坊は眠ったまま、毛布の中で寝返りを打った〉
ロンドン南西郊外の公園で知られるリッチモンド。旅は「ハリー・ポッターと賢者の石」冒頭に登場するプリベット通りを少し現代的にしたような、公園近くの住宅街から始まる。
その夜、いかにも英国風な石造りの家のドアが開き、外にもれた明かりの中にあいさつを交わしながら松岡が出て来た。ひんやりした夜気の流れる季節になっていた。ホテルに戻る車に乗り込む松岡の手には、物語の開幕を告げる1冊の本が握られていた。
4年前の10月初め、本業の通訳の仕事で欧州を回った松岡は、帰国前にしばらく会っていなかったシュレジンジャー夫妻をリッチモンドの自宅に訪ねたのだ。
米国生まれの画家ダン・シュレジンジャー(47)との交遊は、飛行機で偶然隣に座ったことに始まり、もう20年以上になる。夫の幸雄も「おもしろいやつだ」と気に入っていた。幸雄が前年の暮れに亡くなり、その報告もしたかった。
11歳上の松岡は、ダンのことを「あの子」と呼ぶ。子どものいない松岡にとって息子のような存在か。
ダンの家の小さなキッチンで、仕事から帰ってきた英国人の妻アリソン(40)と3人で食卓を囲んだ。
敬愛する夫の死、生前、精力を傾けた難病団体のこと、1人で続けていた出版社「静山社」のこと……。やがて話題は遺志を継ぎどんな本を出すか、になった。
松岡は、通訳で鍛えた英語力を生かして海外のいい本を翻訳して出したい、と思っていた。話の途中ですっと立ち上がったダンが、「いま話題の本だ」と言って出してきたのが、「ハリー・ポッター」だった。
「本屋に行っても売り切れだよ」。ダンから言われた松岡は、この本を借りてホテルに持ち帰り、読み始めた。(敬称略)
解説部 岩田 伊津樹
(2002年7月30日)
|