ALSの方のための代替・拡大コミュニケーション
気管切開後も快適に意志を伝えるために

 みなさん、こんにちは。言語療法士の山本智子と申します。普段は人工呼 吸器使用のALS患者さんが多数入院されている病院でコミュニケーションの援 助をしています。晩秋のある日、職場に「橋本みさおです。」と電話がかか ってきました。「??・・ ああ代理の方か。この話し方の感じは、あの元気 の良い娘さんではなさそうだけど・・ たぶんこの間お宅へおじゃましたと きにいらした介護の女性だわ。」などと考えているうちに、この会報の原稿 依頼を受けることとなりました。内容・長さ・締め切りなどについて質問す ると、電話の向こうで「あかさた、た、たちつ・・」と、50音読みあげ方式 の代替コミュニケーション方法で、みさおさんの答を聞き取っている声がし ます。「気管切開していても電話で用件が伝えられる」ということの、頼も しい、心強い実例でした。

 さて、編集長さんから、透明文字盤のことを中心にどんなAugmentative and Alternative Communication( AAC、拡大・代替コミュニケーション)が あるか書いて下さいというお題をいただきましたので、3年前、透明文字盤 とともに転院されてきた患者さんとのおつきあいから始まった拡大・代替コ ミュニケーションの取り組みの中で得た知識・経験をご紹介いたします。ま ずAACの概論を書いて、そのあと透明文字盤についてお話しいたします。

 もし音声によるコミュニケーションができなくなったら、どうやって意思 の疎通をしたらいいでしょうか? 手の運動障害もあって、筆談も思うように いかないとしたら・・


 近年、電子機器の技術の発達にともない、その技術を、障害を持ったかた がたに役立てるAssistive Technology(技術支援)やAugmentative and Alternative Communication( AAC、拡大・代替コミュニケーション)の分野 も急速に発達して来ています。「AACの基本は、手段にこだわらず、その人 に残された能力とテクノロジーの力で自分の意志を相手に伝えることにあり ます。」(中邑、1996) 患者さんの残存能力を生かしコミュニケーション機 器を操作することによって、音声による会話は非常に困難な方も、自分の意 志をきちんと相手に伝えることが出来る、そんな便利な拡大・代替コミュニ ケーションのテクニック・機器が、ずいぶん身近なものになってきています。 また、ハイテク機器やパソコンといった難しそうな機器を利用する方法の他 に、簡単な道具を使って、コミュニケーション障害を緩和する方法もありま す。上手に使い分けて快適なコミュニケーションを続けていきたいものです。


簡単な道具を使ったAAC
*文字盤・・厚手の紙に50音表を書いて、本人が目的の文字を指さし てゆく。あるいは読み手が本人の合図に基づいて行と列を指さしな がら文字を選択してゆく。
*コミュニケーションボード・・よく使う訴え内容をボードに書き込 んでおき、そのなかのひとつを選択することによって、相手に訴え 内容を伝える。
*透明文字盤(Etran, Eye TRANsfer)・・透明な塩ビ板かアクリル板 に50音表や訴え内容を書いたものを使う。患者さんが手足が全く 動かせない場合でも、眼球運動が保たれていれば、介護者が対面で 患者さんの視線の動きをもとに、見つめている文字を読みとってい く。慣れてくると、介護者がメモを取りながら1分間に10文字から 15文字読みとることが可能。

 これらの方法は特別な機器を使用しないため、場所や設備を選ばす に活用することができ、簡単に速く意志を伝達できるという利点があ ります。


電子技術を利用したAAC
*携帯用会話補助装置・・Voice Output Communication Aid (VOCA)  ボタンを押す/スイッチ操作で選択することにより、合成音声で メッセージを伝えたり、あらかじめ録音したメッセージを再生し、 相手に音でメッセージを伝えてくれる小型の機器。液晶画面 にメ ッセージが表示されたり、紙テープにメッセージが印刷されるタイ プのものもある。持ち運びができる小さな機器で電池やバッテリー に充電することにより、移動先でも使うことができる。
*意思伝達装置・・私たちが普段使っているワープロの機能を、患者さんの運動能力に 合わせたスイッチ操作で使用可能にしたもの。市販のパソコンに専 用に開発したコミュニケーション用のソフトを組み合わせてあるも のが多い。ワープロ機能のみの機種、あらかじめ日常会話文が登録さ れていて、必要な文章を呼び出し、合成音声でしゃべらせることに より対面の会話にも使える機能を備えたもの、入力効率をよくする ために、単語や句・文章を自由に登録しておき、簡単な操作で呼び 出して利用できるようにしたものなど、機種によって少しずつ備え ている機能に違いがある。
*スイッチ・・患者さんの運動能力に合わせた様々な種類のスイッチが市販されて いる。うまく操作できる市販スイッチがない場合は、専門家(リハ ビリテーション・エンジニア、作業療法士など) に相談して、患者 さんの状態にあった使いやすいスイッチを製作することもある。

こういった機器に環境制御装置を組み合わせて使えば、簡単なスイッ チに操作で、患者さんの運動能力だけでは実現不可能だったテレビ、 部屋の明かり、ビデオ等の操作が自力でできるようになります。

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 透明文字盤(Etran)について

 透明文字盤は簡単に自作でき、声が使えなくなった後、眼球運動が保た れている限りずっと使い続けられる便利な道具です。お互いの視線を合わ せて直接文字を読みとっていく方法は、慣れると、走査方式の意思伝達装 置の入力速度よりずっと速く言葉を伝えることができますので、多くの方 々に活用していただきたいと思います。
 発音が不明瞭になり、何度も同じ言葉を繰り返さないと、なかなか相手 に伝わらないと感じるようになった頃から補助的に透明文字盤を使うよう にして馴れておくと一番良いでしょう。でも、実際には音声言語を離れて 代替コミュニケーションへ移行しようと決心するには、様々な心の準備が 必要で、簡単なことではないのだろうとも思います。また、突然に気管切 開が必要になって音声言語を使えなくなってしまう場合もあるのかもしれ ません。いろいろな経過を経て「透明文字盤を試してみよう」と思い立っ た皆さんに、以下の透明文字盤の手引きをご紹介します。


 透明文字盤(Etran)の手引き

≪作り方≫
・透明の塩ビ板(30cm×40cm、厚さ1mm)にマジックで別紙の通りに文字と 罫線を書く。文字はやや太めに書く。
・透明文字盤のサイズは、大きい方が視線の差がはっきりして読み手に はわかりやすいのですが、患者さんによっては、文字盤の端から端を 見るのが大変だから、小さい方がいいという方もいます。
・塩ビ板は、大きな画材屋・文房具屋で売っています。
・いろいろな厚さのものがありますが、1mmより薄いものは割れやすく、 厚いものは長時間の使用には重すぎますのでご注意ください。
・カードケースは入手しやすいのですが、透明度が落ちるため長く使うと 目がつかれます。

≪使い方≫
患者と聞き手が文字板を挟んで自然に見つめあえるように位置を決める。
1.患者の目から30cmくらい (視力、眼球運動の範囲により患者の見やすい位 置をみつける) 離して、文字を患者側に向ける。老眼の方には、もう少し 離した方がいいかもしれません。
2.患 者 :言いたい言葉の文字を見る。
  聞き手 :患者の視線と自分の視線が一直線になるように文字板を動かす。
3.聞き手 :患者が見ていると思われる文字を読み上げる。
 患 者 :合っていれば目を閉じて Yesの合図をし、次の文字を見る。
  (患者が目を閉じる合図が苦手な場合は別の合図を工夫する   目を見開く、上を見る、口を開けるetc.)
4.患 者 :読み上げられた文字が違う場合は、正しい文字を見続ける。
  聞き手 :Yes の合図がない場合は、文字板の位置を少しずらし患者の視 線を再度確かめ、読み上げる。

≪注意点≫
・最初は聞き手も患者も慣れていないため、間違えたり、目の動きが曖昧 だったりしますが、諦めずに練習しましょう。すぐに慣れて、早く読み とれるようになります。
・患者は目の動きだけで文字を見ること。顔を動かすと視線の方向が分か りにくくなります。
・いきなり使い始めずに、練習をして、目の動き、文字板の動かし方に少 しずつ慣れていきましょう。
・文字板は速く動かし過ぎないように気をつけること。
・目の動きを追いながら、前に読み上げた文字を覚えているのは大変なの で、最初はメモを取りながら、文字を読み取って行くといいでしょう。

≪練習法≫
1.お互いに分かっている単語を使って、目の動き、文字板の動かし方に慣 れる。
 聞き手が言葉を決めて、患者にその言葉の文字を目で追ってもらう。
            例) 「こんにちは」「ありがとう」etc.
2.予測しやすい言葉を使って練習。聞き手がカテゴリーを指定する。
     聞き手「食べ物の名前を言って」・ 患者「り・ん・ご」
3.慣れてきたら、患者の決めた言葉を読み取る。
     短い単語 ⇒ 長い単語 ⇒ 短い文 ⇒ 長い文

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 《透明文字盤の文字列 -患者さん側から見た場合-》

      あ か さ た な は ま や ら わ   30cm×40cm
      い き し ち に ひ み ゜ り |
      う く す つ ぬ ふ む ゆ る を
      え け せ て ね へ め ゛ れ Ω
      お こ そ と の ほ も よ ろ ん
      1 2 3 4 5 吸 空 体 苦 ト
      6 7 8 9 0 引 気 交 し イ

・Ω … 思いきり元気な笑顔マークで「ありがとう」を意味します。
・ 1コマは、縦44mm、横40mm 50音と下の数字・訴え欄の間に、少し 太めの横線を引いて、下の 2列は、残った80mm弱の幅に適宜、書き 込みます。
・数字は案外使わないので(50音でも表わせますし)数字の欄を無くして、 家族の名前や「ラジオ」「テレビ」「痒い」などの訴えの欄に使う 方もいます。始めは文字の 5列だけ書いておいて、しばらく使って みてから、ユーザーの希望に合わせて、必要な訴え項目を書き込ん でいくと良いと思います。
・慣れると、濁音・半濁音は、視線の方向で予測できます。
・「、。っゃゅょ」は聞き手が判断します。

 気管切開などにより声が使えなくなっても、コミュニケーションが 不可能になるわけではありません。新しい拡大・代替コミュニケーシ ョン方法を身につけることによって、伝達速度は音声言語を使う時よ りは遅くなりますが、快適に意志を伝えることができます。一言一言 に思いを凝縮させて伝え、その思いを宝物のように大切に受けとめる。 そんな時間のかかるやり取りの中に、返って、冗長な言葉の氾濫の中 で私たちが忘れてしまっている「コミュニケーションの原点」がある ような気さえします。
 「透明文字盤で電話をかけるのは難しいか・・ いやいや最近は受 話器を持たなくても電話がかけられる機種だってあるんだから大丈夫。」 などと考えている今日この頃です。いろいろなコミュニケーション方 法がありますから、最大限に活用して、気管切開後も快適に意志を伝 え、おしゃべりを楽しんでいただきたいと思います。



参考文献
1)特集−機器の利用、「手足の不自由な子どもたち・増刊 はげみ 4・5月号」P2-P43、 1996年
2)肢体不自由者のためのコミュニケーション機器 福祉機器使用研 究報告書 Vol.9、東京 いきいきらいふ推進センター、1997年
3)Dikdeman, K. J., Kazandjian, M. S. Communication and Swallowing Management of Tracheostomized and Ventilator-Dependent Adults, Singular Publishing Group, Inc., 1995.
4)拡大・代替コミュニケーション、共同医書、1996年


狭山神経内科病院 言語療法室 山本智子




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